第717話 歓迎、御一行様

 僕達ヘッセリンクとクリスウッドの合同遠征チームは、誰一人欠けることなく、無事エスパール伯爵領に到着した。

 これといったハプニングもなく、順調過ぎる旅だったと言っていいだろう。

 僕とリスチャードがじゃれ合いレベルの殴り合いを二、三回展開したくらいじゃ、ハプニングとは呼べないよね。


【三回目には両家の家来衆同士で賭けが始まっていたくらいなので、ハプニングではなく一種のショーといった位置付けかと】


 レックス・ヘッセリンク対リスチャード・クリスウッドは、さぞ見応えがあるショーだっただろうさ。

 そんな特筆すべきことのない旅を終えた僕達がエスパール伯爵邸に入ると、玄関で見知った顔が出迎えてくれた。

 エスパール伯爵の長男であり、近日中に伯爵位を継ぐことが決まっているにも関わらず、護国卿を慕う若手貴族の集いなる怪しい集団のNo.2に位置していた男。

 ダイゼ・エスパールだ。


「ヘッセリンク伯! 同志リスチャード! ようこそエスパール伯爵領へ! 尊敬するお二人に揃って足を運んでいただけるとは。感激しております!」


 熱烈歓迎!

 と墨で顔にデカデカと書いてあるかのような歓迎っぷりで、僕とリスチャードを順に抱きしめてくれる。


「ありがとう、ダイゼ殿。久しぶり……というほどでもないが、元気そうで何よりだ」


 ダイゼ君のあまりのテンションに驚いて通り一遍の挨拶しかできない僕を尻目に、リスチャードは苦笑いを浮かべながら肩をすくめながら言う。


「公式の場で同志はやめないかダイゼ殿。ご家来衆も何事かと見ているぞ?」


 人の目があるので麒麟児モードのリスチャード。

 確かに、ダイゼ君の活動を知らない家来衆の皆さんは、リスチャードを同志なんて呼ぶ理由がわからないだろうからね。

 指摘を受けたダイゼ君も、しまったとばかりに額をピシャリと叩いた。


「おっと。お二人に会えてつい気が緩んでしまいました。では、この場ではリスチャード様と呼ばせていただきます」


 そう言うと、僕達を遠巻きに眺めていたエスパール伯爵家に務める皆さんの方を向き、よく通る声を張り上げる。


「無事お客様方が到着された! 事前に伝えたとおり、皆には、エスパール伯爵家の人間として相応しい振る舞いを期待する!」


 ダイゼ君の言葉を受けた家来衆達は一斉に姿勢を正し、一糸乱れぬ動きで礼を見せてくれた。

 まとまった数の人間の集団行動って、かっこいいよね。

 

「ほう。伯爵位に就くことが正式に決まった男の気迫は違うな。既に家来衆を掌握しているじゃないか」


 リスチャードがダイゼ君の肩を叩くと、次期エスパール伯はまだまだ、と言うように首を横に振る。


「何を仰いますやら。伯爵位を継ぐことが決まって以降、昼夜を問わず試行錯誤する日々です。どうすればヘッセリンク伯やリスチャード様のように人を動かせるのかと」


「この友人が動かせるのは、それはもうごく限られた人間だけだから参考にしようとするだけ無駄だと思うぞダイゼ殿。まあ、そのごく限られた人間達が様々な分野で一騎当千の活躍をする猛者達だから、当代のヘッセリンクも手に負えないのだが」


 やだ、ヘッセリンクのことそんなふうに思ってたの?

 ふーん。

 

【はい、ニヤニヤしない】


 親友からの評価が思いのほか高かったので、つい。

 家来衆の目もあるし、頑張れ表情筋。


「褒められたと受け取っておこうか。では、エスパール伯に挨拶させていただこう。ユミカもリンギオおじ様に礼を言いたいらしいからな」


 僕が視線を向けると、オドルスキの後ろに隠れていたユミカが顔を覗かせる。

 その仕草、百点。


「おお! ユミカ。今日も可愛らしいな」


 ダイゼ君も頬を緩めて膝をつき、ユミカに視線を合わせる。

 すると、ふんっ! と気合を入れた後トコトコと進み出て、淑女修行の一環で練習に励んでいる礼を見せる我が家の天使。

 そして、ご挨拶。


「こんにちは、ダイゼ兄様! 今回はお招きいただき、ありがとうございましゅ……、ます!」


 ふーっ!

 ユミカのご挨拶は語尾を甘噛みしちゃうところまでワンセットだぜえ!!

 ヘッセリンク側はもちろん、クリスウッド、エスパールに対しても効果は抜群だ。

 ダイゼ君も相好を崩していたが、笑ってはユミカが傷付くと思ったのか、表情を引き締め真面目な顔で頭を撫でてやる。


「素敵な挨拶をありがとう。立派な淑女の挨拶だ」


 褒められてホッとした途端、淑女の影はどこへやら。

 満面の笑みを浮かべて元気よくぴょこんっと頭を下げると、再びオドルスキの後ろに戻っていくユミカ。

 雰囲気作りとしては最高の仕事だ。

 あとでたっぷり褒めておこう。

 

「両家のご家来衆方もよくいらっしゃった。北の果てまで来る機会などあまりないだろうから、ぜひゆっくり過ごしてほしい」


「ありがとう、ダイゼ殿。みんな、お言葉に甘えるとしよう。ここでは肩に力を入れる必要はない。護衛の面では特に。なぜといって、エスパール伯爵領の衛兵諸君が素晴らしい練度を誇っていることを、私は知っているからだ」


 僕がそう言うと、エスパール側の家来衆から歓声が上がった。

 黄色さゼロの野太い歓声だったので、きっと衛兵さん達から上がったものだろう。


「他所様の家来衆を誑し込むような真似は上品とは言えないぞ、レックス」


 さらにサービスで手など振ってみせる僕に、リスチャードが呆れたように言うけど心外です。

 誑し込むなんて人聞きの悪い。

 あくまでも事実を述べただけさ。


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