第716話 覚悟を決める
クリスウッド公爵領からエスパール伯爵領に向かう道中、街道沿いに休憩するのにちょうどよさそうな開けた原っぱを見つけたので馬車を止めて軽食を取ることにした。
食事後、大人組は身体を休めるため地面に横になったりしていたが、子供達は長旅の疲れも見せずサクリを先頭に原っぱを走り回り、小さな保護者役のユミカが最後尾からついて行って転んだマルディやエウゼの面倒を見てあげている。
そんなちびっ子達のじゃれ合う姿を見て癒されていると、ヘラの膝枕で休んでいたリスチャードが声を掛けてきた。
「ねえレックス。あの光景、すごくいいと思わない?」
こんな公衆の面前で、堂々と妹の膝枕で休む親友に言いたいことが百ほどあるが、言いたいことはわかるので文句をグッとこらえて頷いておく。
「奇遇だなリスチャード。僕も全く同じことを考えていたところだ。ユミカを連れてきたのは、どうやら正解だったようだな」
肉体的な疲れはどうしようもないけど、子供達が仲良く触れ合う姿は、同行する大人達に精神的な癒しを提供してくれていた。
オドルスキとアリスに至っては、積極的に子供達の面倒を見る姿に愛娘の成長を感じて感動の涙を浮かべる始末だが、気持ちはわかる。
僕も食事のあとにサクリがマルディの口元を拭ってあげたりするのを見ると感動しちゃうから。
成長する過程を見ることができるのは嬉しいけど、いつかサクリも嫁に行くのかな……なんて考えると、ついつい涙が出ちゃうね。
あ、だめだ。
考えただけでも涙腺が緩む。
急に涙を流しておかしな奴扱いをされる前に話を変えないと。
「しかし、やはり過剰戦力だった感は否めないな。こんなことならメアリかジャンジャックはオーレナングに留まってもらってもよかったか」
そんな僕の呟きを拾ったリスチャードが、ヘラの膝枕から起き上がりながら言う。
「だから言ったでしょ? あんた達夫婦にあたしとオドルスキ。よっぽどの身の程知らずでもなければ襲ってこないから」
「まあ、メアリはともかくジャンジャックを連れてきたのは休暇を与えようという側面もあるんだ」
「お休みの日も趣味だからといって森に入ったり、若い家来衆の訓練の相手をしたりしていますからねジャンジャックは。ハメスロットもそうですが、爺や二人が働き者過ぎて困ってしまいます」
エイミーちゃんも頬に手を当てて困ったように笑っているが、ジャンジャックは僕の目があろうとなかろうと連日森に入っては魔獣を討伐し続けている。
爺やにとっての森が、半分仕事場、半分アクティビティなことは理解しているけど、それにしても休まなさ過ぎるので、今回は護衛という名の強制休暇といったところだ。
「それで現場から引き離したわけ? だけど、そう上手く行くかしらね」
僕たち夫婦の言い分を聞いた親友が美しい顔に薄い笑みを浮かべ、休憩を終えたのか子供達を肩に乗せたまま原っぱを疾走するジャンジャックに視線を向ける。
「リスチャード。不穏な笑い方をするのはやめないか。お前にそんな顔をされたら今にもよくないことが起きそうだ」
「だって、諸々の騒動の発生源であるレックスがここにいるのよ? 今回その周りを固めるのが、ジャンジャック、オドルスキ、メアリの三人。しかもあたしまでいる。……大丈夫かしら」
レックス・ヘッセリンクが伯爵位に就く前から仕えている三人に、学生時代からの友人リスチャードという面子。
【当然何も起きないわけもなく……】
怪談風やめて?
言霊というものがこの世界にあるかわからないけど、口に出したら現実になりそうなので関係者各位には迂闊な発言は謹んでもらいたい。
「別荘を買うための旅、しかも自国内でそうそう騒動が起きてたまるか。なあ、ヘラ。お前の愛する夫におかしなことを言うなと釘を刺してやってくれ」
言ってやってよマイシスター。
ワタクシのお兄様は騒動の発生源なんかじゃありませんよ? ってさ。
アイコンタクトを送ると、ヘラがわかっているとばかりに軽く頷いてくれた。
「お兄様が動かれるのです。ワタクシは今回の旅で何が起きても驚かない覚悟ができております」
妹が予想もしていない覚悟を決めていることを知って驚きを隠せません。
そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているであろう僕を見て、ヘラがエイミーちゃんに問いかける。
「お義姉様もそうなのでは?」
「それは違うわ、ヘラさん」
エイミーちゃんは、義妹からの問いかけに対して優しく諭すように否定の言葉を口にした。
そうだよね?
覚悟なんかいらないよね?
よかった、流石はマイプリティワイフだ。
「レックス・ヘッセリンクの妻たるもの今回だけではなく、いついかなる時も、それこそオーレナングにいようと常に何が起きても取り乱さない覚悟をしています」
なんと、妹より数段深い覚悟を済ませていた模様です。
しかしエイミーちゃんよ。
流石にオーレナングでそんな覚悟は必要ないんじゃないかな?
そんな思いが顔に出たのか、僕の表情を読んだようにエイミーちゃんがニッコリ笑う。
「私がレックス様の妻となったあと、オーレナングではすぐに氾濫が起きましたね。温泉を掘ったら即日地下が現れご先祖様方との交流が始まりました。バリューカやジャルティクもやってきましたね。あとは」
「わかった。降参だエイミー。だから指折り数えるのをやめなさい」
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