第715話 経由

 今回、レプミアの最北に位置するエスパール伯爵領を目指すにあたり、僕達はまずクリスウッド公爵領に向かった。

 ここで妹のヘラとその夫であり僕の親友リスチャード、そして二人の息子エウゼと合流する。

 当初の予定ではエスパール伯爵領で子供達の顔合わせをするつもりだったけど、生粋の貴族主義者からゴリゴリの孫至上主義者にジョブチェンジしたらしいクリスウッド公爵が、少数の護衛だけで孫を領外に出すこと罷りならんと大騒ぎしたらしい。

 元々父である公爵様と折り合いの悪いリスチャード。

 遠征の段取りのために届いた手紙に、『代替わりも近い』という不穏な一文を盛り込んで寄越すほど父親のしつこさに辟易したようだ。

 ただ、四大公爵家の一角であるクリスウッドに子供達の顔合わせに絡んで代替わりなんてされたらたまったものではないので、荒事への対応に定評のある我が家が責任を持って護衛しようかと提案するに至った。

 公爵様はそれでもすぐには首を縦に振らなかったようだけど、リスチャードが本気で腕力による代替わりを仄めかしたことで、渋々ながらエウゼのエスパール行きを認めてくれたんだとか。

 クリスウッド公爵領に到着した時も、目を血走らせた公爵様が挨拶もそこそこに僕の肩をガッチリと掴み、低く重たい声でくれぐれも孫をよろしくと囁いてくる始末。

 お祖父ちゃん、血迷いすぎじゃないですか? 

 その後、孫語りを始めようとするクリスウッド公をなんとか躱してリスチャードの私室に入ると、深々とため息をついた親友が、戸棚から琥珀色の液体が入った瓶を取り出しながらグラスを放ってきた。


「おいおい、リスチャード。まだ昼だぞ? しかもエイミーとヘラの目があるというのに」


 部屋にいるのは僕、リスチャード、エイミーちゃん、ヘラの四人。

 そんな面子でまだ明るいうちから酒を飲もうなんて。


「なに? 飲まないの?」


「いただこう」


 外の明るさと飲酒のタイミングに相関関係はないからね。

 義弟からの誘いを断るなんて、ヘッセリンクの名折れだろう。

 

「しっかし、過剰戦力過ぎない? ジャンジャック、オドルスキ、メアリにあんた達夫婦なんて。なに? 数年越しにエスパール伯爵領を均すつもり?」


 グラスをぶつけると、ノータイムで中身を干したリスチャードが目を細めながら言う。

 

「そんなわけないだろう。過去には不幸な行き違いがあったが、今やヘッセリンクとエスパールは盟友と呼んで差し支えない間柄だ。均すなんてとんでもない」


 むしろ、味方であるレプミア貴族の領地を均そうなんて考える方がおかしいだろう。

 まったく、冗談がすぎて困ってしまうな。

 しかし、肩をすくめる僕を見て、リスチャードは眉間に皺を寄せたまま言葉を続ける。


「じゃあ、どんな意図があって最高戦力二人とも連れてきたのよ。うちの人間のざわつき方がすごかったんだけど。ヘッセリンクが若奥様を取り戻しにきたとかなんとか」


「そんな話がでるということはまさか、取り戻しにくることを恐れるほどヘラに無体な扱いをしているのではないだろうな?」


 ヘラは若干人付き合いが苦手なだけで、とてもとても優しい子だ。

 それを理解できず酷い扱いをしているならば、このまま対クリスウッドに雪崩れ込むことも辞さない。


「バカみたいに魔力がある人間が無闇に圧を表に出すのやめなさいよ。あたしじゃなかったら失神してるわよ?」


「失敬。家族のこととなるとつい」


 無意識に練っていた魔力を抑えてグラスの中身を干すと、リスチャードが酒を注ぎながら笑う。


「心配しなくても、ヘラはうちの家来衆にもすっかり受け入れられてるわよ。最初のとっつきにくささえ乗り越えたら、優しくて可愛い子だってすぐにわかるもの」


「そうか。ならいいんだ」


「お兄様。妹が褒められたのだから、もう少し嬉しそうにしてはいかがですか?」


 あれ?

 可愛い妹が優しくて可愛いって褒められて満足げに頷いたつもりだったんだけど。

 首を傾げながら横に座るエイミーちゃんを見ると、眉間に皺が、と言いながら細い指で解してくれた。

 

「仕方ないわよヘラ。この義兄殿は貴女が自分以外の男に懐いてるだけで面白くないんだから」


 おいおい、親友。

 人をシスコンみたいに言うのはやめてもらってもいいかな?

 僕は人より若干家族愛が強いだけの一般三十路男性であって決してシスコンなどではない。


【落ち着いてください、シスコン伯】


 その呼ばれ方には、流石に遺憾の意を表さざるをえませんよコマンドさん。


「それで? 出発は明日でいいのかしら」


 脳内で対コマンド戦のゴングが鳴る直前、リスチャードが話を変える。

 

「もちろん準備は整えているけど、子供達の体力は大丈夫? うちはもう少しゆっくりしていってもらっても構わないわよ?」


 ヘラもリスチャードの言葉に頷いているけど、その点は心配ない。


「サクリはもちろんマルディも体調に問題はなさそうだ。ユミカも伊達に鍛えていないからな」


 サクリもマルディも遠出で大はしゃぎだし、ユミカに至っては道中でもオドルスキ達相手に訓練を欠かさないほど元気だ。

 あと、お孫さん可愛さにまた公爵様が血迷っても面倒なので、ぜひ予定どおり出発したい。

 

「ああ、ユミカといえば。ヘッセリンクはあの子をどうするつもりなのよ。挨拶もそこそこに水魔法を教えてほしいなんて言われて驚いちゃったわ」


 驚いたって言う割にはエスパール伯爵領に着くまでの間に水魔法のコツを教える約束をしてたみたいだけど、今は置いておこう。

 ユミカについては、今更どうするもこうするもない。


「僕はただ今の素直な性質のまま成長してくれるだけで良かったんだが、本人の強い願いと、それを叶えることができる優秀な家来衆達の指導力が噛み合った結果、当代ヘッセリンク伯爵家の全ての技術を修得すべく絶賛疾走中だ」


 走り出したら止まらないぜ!

 ブレーキ?

 踏もうと思ったらアクセルしかありませんでした。

 ブレーキがないなんて不良品じゃないかって?

 いやいや、ヘッセリンクの元々の仕様です。

 

「天使すら筋肉に向かっていっちゃうなんて。呪われてるんじゃない? オーレナング」


 否定したいけど、いくら探してもその材料が見当たらないな。

 我が家に来た時には細身だった子達が、気づいたらパンプアップしてるなんてことはよくある現象だ。

 ゲルマニスからやってくる予定のオライー君の胸板が厚くなる日も、そう遠くないかもしれない。


……

………

本日は未来のお話も更新しております。

お時間がありましたら、おまけ的にお楽しみいただけますと幸いです。


https://kakuyomu.jp/works/16818093076855298646

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