第714話 毒蜘蛛戦解説

 ベテラン二人とのお話が終わると、待ちかねたとばかりに酒瓶を抱えたデミケルが入室してくる。 

 そこまで楽しみにしてもらえるならこっちも相応のテンションでお迎えしないといけないなと思っていると、長身のデミケルの後ろから、細身の男前と小柄な天使が入ってきた。

 メアリとユミカだ。

 何事かと尋ねると、ユミカも僕とひいおじいちゃんの一戦に興味があるらしい。

 すでに良い子は眠る時間だし、なによりオドルスキとアリスは愛娘の夜更かしにいい顔をしなかったようだけど、珍しくユミカが譲らなかったんだとか。

 やむなく僕の部屋に行くのを認めたのはいいけど、オドルスキは明日早朝からジャンジャックと森に魔獣狩りに行く予定があるらしく、アリスは普段からメイド仕事で朝が早い。

 むしろユミカよりも両親の方が夜更かしできない状態だったため、家来衆のなかでは比較的朝の時間に余裕のあるメアリがオドルスキに頼まれ、保護者代わりに同伴することになったそうだ。

 相変わらず面倒見がいいね。

 そうなると、聞き手がヘッセリンクマニアと可愛い弟分と可愛い天使になるわけで、語り手である僕も気合いが入らないわけがなく。

 飲み物を飲みながら今日地下で起きたことを可能な限り丁寧に、しかし時には自慢のジョークなどを交えながら話していくと、想像以上の盛り上がりを見せてくれた。

 主にデミケルとユミカが。

 メアリももっと拳を振り上げたり歓声をあげたりしてくれてもいいんだけど、照れ屋さんだから仕方ないね。

 なんにしても手応え抜群のままに気分良く話を進め、ついにクライマックスに差し掛かる。

 そう、魔力の回復ができなくなったあの場面だ。

 

「ついに魔力が切れ、マジュラスの姿が元に戻ると同時に、ゴリ丸達も魔力が届かなくなったことで動きが鈍ってしまってな。最悪なことにそれを見逃す毒蜘蛛様ではない。僕を見てニヤリと笑うと、召喚獣達を蹴散らしながらあっという間に距離を詰めてきた」


 手に汗握る展開を想像したらしいユミカが、興奮のあまり立ち上がって両手の拳を握り締める。


「すごいね毒蜘蛛様! ユミカも見て勉強したかったなあ」


 そんな斜め上な方向に勉強熱心なユミカの頭を撫でつつ、うんうんと頷くのはヘッセリンクマニアさん。

 厳つい見た目とは裏腹に、キラキラと瞳を輝かせている。


「ああ、俺もこの目で見たかったぜ! っと、失礼いたしました。ついつい興奮で地が出てしまいました」


 慌てたように口を抑えながら頭を下げるデミケル。

 その隣でなぜかユミカも真似をして口を抑えているのがなんとも可愛い。

 

「酒の席だ。楽にして構わないぞ。どこまで話したか……そうそう、ひいおじいさまが人のものとは思えない速度で迫ってきたのだが、しかし、これが千載一遇の機会になった」


 そう言いながら、包帯が巻かれた額を指差すと、察したデミケルが息を飲み、目を輝かせたまま丸くするという器用な真似をしてみせる。


「まさか、そこで!?」


「ああ。迫ってきたひいおじいさまの勢いも借りて、ここ最近修得に取り組んだ頭突きを全力でぶちかましてやったのさ!」


 あれは我ながらクリーンヒットだった。

 得意技の欄に記載しても許されるレベルだ。


「くううっ! 流石レックス・ヘッセリンクだぜ! 魔力切れを起こしたところに『毒蜘蛛』ジダ・ヘッセリンクが突っ込んできたら普通の魔法使いなら両手を上げて降参するしかねえのに。そこから素手ゴロで立ち向かってなおかつ一撃入れるなんて!!」


 目に涙すら浮かべながら感動の面持ちで杯を一気に干してみせるデミケル。

 その横ではユミカも真似をして果実水で満たされたグラスを一気に干そうとしていたが、メアリにもったいないことをするなと言われてグラスを取り上げられ、頬を膨らませていた。

 そんな天使を宥めつつ、話を続ける。


「額のこの傷と引き換えに毒蜘蛛様を大きく仰け反らせることに成功したその時、僕の野生の勘がこう訴えた。ここが勝負所だ。前に出ろ、とな」


「おお! それで、それで一体どうなったんですか!?」

 

「繰り出したのは、あの『炎狂い』プラティ・ヘッセリンクから一本勝ち取った僕の奥の手。跳躍しながらの体当たりだ」

 

「体当たり!? しかも、跳躍しながらって!!」


 フライングボディアタックを繰り出したと伝えると、それがあまりにも予想外だったのか、これ以上は物理的に無理な程目を見開いたデミケルが大きな声を出し、次いで掠れる声で呟く。


「婆さんのあの得意技を、伯爵様が……?」


 あー、元女海賊のデミケルおばあちゃんね。

 確かにお歳の割に結構な跳躍力だったから、相応の使い手でもおかしくないな。

 僕がデミケルのおばあちゃんのバネを思い出してうんうんと頷いていると、メアリが驚愕冷めやらぬ同僚の肩を軽く叩く。


「お前の婆さんのそれがどんなもんか知らねえけど、少なくとも兄貴のあれはただの自爆技だぜ? 実際プラティの爺さんにしか決まってねえから」


 フライングボディアタックの真実を知るメアリがそうばっさりと切って捨てるが、デミケルは生粋のヘッセリンクマニアだ。

 メアリの両肩をその大きな手で掴むと、顔をゼロ距離まで近づけて言う。


「メアリさん。今いいとこだから、静かに」


「顔怖っ! どんだけヘッセリンクが好きなんだよお前。なあ、どう思う? ユミカ」


 後輩のあまりの剣幕に仰け反ったメアリが味方を求めてユミカに視線を向けるが、残念。

 その可愛らしい生き物もまた、ある意味のヘッセリンクマニアだ。


「メアリ姉様、しーっ!」


 シャラップ! とばかりに、人差し指を唇に当てるジェスチャーを見せた。


「ユミカまで!? なあ兄貴。俺、妹分の将来が心配過ぎるんだけど」


 奇遇だなメアリよ。

 僕も、ユミカがパーフェクトヘッセリンクなんていう厳つい生き物を目指して走り出した時から、この子の将来が心配で仕方ないよ。

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