第713話 ベテランの価値
夜。
デミケルと一杯やる前に、別荘購入にかかる諸々の手続きについて話を詰めるため、ジャンジャックとハメスロットを呼ぶ。
当初、手続きは国都で進めるんだろうと思っていたんだけど、エスパール伯からの手紙には、ぜひ現地に足を運んで現物を見たうえで購入の是非を判断してほしいと書いてあった。
レプミア屈指の観光地であり、そこに別荘を持つことが貴族のステータスとして扱われるらしい北の大地エスパール伯爵領。
以前、十貴院に参加するために訪問したことがあったけど、あの時はおじさま達から受けるであろう吊し上げに怯えながらの旅だったので十分に楽しめた記憶はない。
【エスパール伯爵領で会議を開かなければ参加しないぞ? いいのか? ん? と手紙で脅したのはレックス様だったように記憶していますが】
だいぶ前のことだから覚えていないなあ。
まあ、そんなこんなで今回は純粋に楽しむことができそうなので、別荘購入前提でお誘いに応じることにした。
「では、レックス様ご家族に、オドルスキさん家族、メアリさん、エリクスさん、デミケルさん、そして爺めという布陣で北方遠征に臨むということでよろしいでしょうか」
その言い方だと揉め事の匂いしかしないからやめてほしい。
今回は単なるエスパール伯爵領への旅行だ。
連れて行くメンバーからも、腕力重視でないことがわかってもらえるだろう。
「ああ。ジャンジャック、オドルスキ、メアリには護衛を、アリスには僕達家族の身の回りのこと全般を任せる。エリクスとデミケルは、ハメスロットの代わりに連れて行って経験を積ませたい」
若手文官二人を連れて行くことに反対意見が出るかと思ったけど、彼らの監督者であるハメスロットは別の点が気になったらしい。
「二人をお連れいただくことになんら異存はございませんが、ユミカさんを連れ出す理由はなんでしょうか?」
「両親を連れ出すからな。寂しい思いをさせたくないというのが一つ。あとは、あの子がいると旅の間癒されるだろう?」
僕の回答にハメスロットが苦笑いを浮かべる一方、ジャンジャックは満面の笑みで頷くと、顎を撫でながら呟く。
「では、留守の間の守りは領軍の皆さんと、クーデルさん、フィルミーさん、ステムさん、ガブリエさんの四人ですか」
「おや? その反応は、不足か?」
「いえいえ。いつの間にか爺めとオドルスキさんが同時に不在にしても不足がないと思えるほど人材が充実していることに驚いた次第です」
『重たい死神』クーデル、『二代目に最も近い男』フィルミー、『Miss狂信者』ステム、『世界最強のピエロ』ガブリエの豪華四本立に、髭の隊長オグ率いるヘッセリンク伯爵領軍。
控えめに言っても厳つい。
いや、爺やとオドルスキがいないと分厚さには欠けるかも知らないけど、この面子を害せる勢力なんてこの世にいないんじゃないかと思う程度には信頼できる。
「確かに。しかも、戦闘員四人はいずれも僕が伯爵位に就いた後に外から連れてきた家来衆達か。頼もしいものだ」
クーデルは闇蛇壊滅の影響を受けて、フィルミーはアルテミトス侯とのいざこざを経て、ステムはブルヘージュとの小競り合いで知り合い、ガブリエはジャルティクのどさくさに紛れて、それぞれスカウトした。
【トラブルをスカウトチャンスに変える男、レックス・ヘッセリンク】
まさにピンチはチャンスということか。
「レックス様の人を見る目の確かさが証明された結果でございます。近日中にゲルマニスからオライー殿も加わることを考えれば、より充実することは間違いないでしょう。いやあ、若返りが進みますな」
「若返りか。そうなると、これからもお前やハメスロットの存在がより重要になるな。我が家に仕事中に緩むような人間はいないだろうが、先導し、引き締める役割は必要だ」
若返りが進むことは歓迎すべきことだ。
ただ、若ければいいというものではないのもまた事実なわけで。
優秀な若手が多ければ多いほど、圧倒的な経験と実力をもって道を示せるベテランの価値は計り知れない。
お前達の引退はまだまだ先だからな? と伝えると、二人が示し合わせたように顔を見合わせ、肩をすくめた。
仲良しか。
「どちらかというと、我が家の若い人達はもう少し緩むことを覚えてもいいと思います。どうもみんな真面目過ぎる。レックス様の言いつけを破って深層の奥に赴き、二、三日帰ってこないくらいのやんちゃをしても爺めは笑って許すのですが」
これが冗談ではなく本気で言ってるから困っちゃうんだよなあ。
さっきは自然と息があった動きを見せたハメスロットも、この発言には同意できないと苦い顔だ。
「メアリやエリクスが無断で一日帰ってこなかったら全員で森に探索に出るに決まっているだろう。あと、お前も無断で二、三日帰ってこない悪癖は控えろ」
「おや、これは藪蛇でしたか。まあ、善処しますとだけ」
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