第712話 本題に戻る

 第一次毒蜘蛛討伐は、善戦虚しく失敗に終わった。

 ヘッドバットからのフライングボティアタックという、可能性しか感じない必殺コンボを完璧に返された結果だが、これはもう殴り合いの経験値の差が如実に表れた形だ。


【無闇に跳ぶからでは?】


 正論パンチ痛いです。

 それはそれとして、まさかギブアップする間もなく頭から地面に叩きつけられるとは思わなかったよ。

 相手が僕じゃなかったら大怪我してるからね。

 地面に大の字でひっくり返る僕に対して、まだ続けるかと問うたひいおじいちゃん。

 正直体力は十分だったんだけど、魔力の回復が叶わない以上継戦は困難と判断し、正式に降参して終了となった。

 だが、これで終わりじゃない。

 近いうちにリベンジマッチを仕掛け、今度こそ毒蜘蛛討伐を現実のものにしたいと思っている。

 待ってろよひいおじいちゃん!

 そんな強い決意を胸に屋敷に戻ると、偶然玄関にいたユミカが僕に気付き、パタパタと駆け寄ってきた。

 我が家の天使の笑顔に癒されようと膝をついて待ち構えると、ユミカの様子が普段と違うことに気づく。

 駆け寄ってくる天使の顔にいつもの笑顔はなく、むしろ怒っているように頬を膨らませている。

 

「あ! やっぱり怪我してる!! 危ないことはやめてって、ユミカお願いしたのに!! もうしないよって、約束してくれたのに!!」


 まずい。

 ジャンジャックとのヘッドバット修行をしている時、何度も額を割って帰ってくる僕を心配するユミカと、もうしないと約束したんだった。

 しかし、言うなればこれは名誉の負傷だ。

 いくらユミカが相手でも、毅然とした態度を見せなければ。


「ユミカ。これは違うんだ。大人の事情というか、やむにやまれぬというか。積極的にユミカとの約束を破ったわけではなくてな?」


【しどろもどろ、ここに極まる】


 シャラップ!

 涙目のユミカの小さな手でポカポカと胸を叩かれるたびにメンタルが削られていくようだ。

 謝り倒すしか手はないか。

 そう考えていると、屋敷の奥から救世主が姿を表す。


「何騒いでんだユミカ……って、うっわ。額割れてるってことは本当に頭突きかましてきたってことかよ。流石兄貴。あんだけの召喚獣抱えておきながら肉弾戦仕掛けるとかどうかしてやがるぜ」


 メアリが不満げに頬を膨らませたままのユミカを抱き上げながら苦笑いを浮かべる。


「どれだけ額を割っても結局勝ちは拾えなかったがな。頭突きはともかく、綺麗に返された体当たりの精度と威力の向上は課題だろう」


【懲りてない!?】


 脳内にそんな驚愕の声が響くが、今後は魔力回復回数の上限確認と、フィジカル強化を並行して行う。

 もちろん何がなんでもフライングボディアタックを食らわせてやろうというわけではなく、今日のような状況に陥った時に、もう少し取れる手段を増やそうという趣旨だ。


「懲りねえな、また跳んだのかよ。前にラッチのおっさんにやられたのとほぼ同じ負け方じゃねえか。え、額以外にどっか怪我してねえの?」


「ひいおじいさまに頭から地面に落とされたんだぞ? 無傷なわけがないだろう。こぶができた。ほら、ここ」


 頭のてっぺんを指差すと、メアリが呆れたようにため息をつく。


「そりゃ無傷って言うんだよ。ハメス爺が兄貴に報告があるって言ってたぜ? エスパール伯爵領の別荘の件。返事があったらしいから元気ならさっさと話聞いてこいよ」


 ああ、そういえば別荘購入を進めていたんだった。

 降って湧いたようなひいおじいちゃんとの殴り合いのせいで完全に忘れてたな。


「そうか。なら今から顔を出しておこうか。いい報告ならいいのだが」


 そう言って文官達の仕事部屋に向かおうとすると、メアリに抱っこされたままのユミカが僕の服をむんずと掴んでくる。


「お兄様! その前にお義母様かイリナ姉様ところに行こう! 怪我したままじゃだめだよ!」


……

………


 文官部屋に顔を出すと、三人が立ち上がり頭を下げてくれる。

 ハメスロットとエリクスはそのまま仕事に戻ったけど、なぜかデミケルだけは僕の顔をしげしげと見つめてきた。


「……毒蜘蛛様と試合ってこられたのでは?」


 ヘッセリンクマニアなデミケル。

 どうやら僕対ひいおじいちゃんの対戦結果を知りたいらしい。


「残念ながら、勝ちを拾うところまでは行かなかった。戦果はいいのを一、二発といったところだ。先達の壁の厚いこと厚いこと。まだまだ届かないのだと思い知ったよ」


 僕が肩をすくめると、目を丸くしたデミケルが机に手をついて興奮気味に身を乗り出してくる。

 

「いやいや! 毒蜘蛛ですよ? ジダ・ヘッセリンクですよ!? あの伝説のヘッセリンクを相手にほぼ無傷で帰っていらっしゃるなんて、なんてすごうっ!?」


 どうやら、毒蜘蛛と殴り合ったにも関わらず一見軽傷にしか見えない僕を称賛しようとしてくれたらしいが、音もなく移動したハメスロットにピシャリと頭を叩かれてうずくまった。


「仕事中ですよデミケルさん。弁えなさい」


「も、申し訳ありませんハメスロットさん。ついつい」


 やだスパルタ。

 謝りながら席につきながらも、対毒蜘蛛戦の内容が気になるのかちらちらとこちらを見てくるデミケル。

 仕方ないなあ。


「デミケル。顛末が知りたいなら今夜一杯付き合え。肴代わりに聞かせてやる。その代わり、全力で仕事を終わらせてこい」


「よろしいんですか!? あ、ありがとうございます!! 狂人対毒蜘蛛戦をご本人の口から聞けるなんて……」


 狂人は僕の二つ名じゃないからそこだけ訂正しようとすると、その前にハメスロットが声をかけてくる。

 

「若い者が失礼をいたしました」


「いや、仕事の邪魔をしたのは僕だからな。それで? エスパール伯から何かしらの連絡があったらしいな」


「後ほど報告にあがろうと思っていたのですが。取引の準備ができたということです。値段もかなり勉強していただいたみたいでして、当初より出費は軽く済むかと」


 素晴らしい。

 積極的に値引きを求めたりはしてないけど、安ければ安いほうが嬉しいからね。

 

「そうか。では、横槍が入る前に買ってしまおう。ひいおじいさまとのいざこざも一旦終わったことだし、そちらに集中することにしようか」


……

………

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