第708話 曾祖父孝行 ※主人公視点外

 なかなか骨がある。

 もちろん目の前でとんでもねえ数の召喚獣に魔力を送りながらニヤニヤ笑ってやがる小僧のことだ。

 俺の常識じゃあ、とっくにぶっ倒れてもおかしくねえんだが、その気配もなし。

 俺の曾孫、レックス・ヘッセリンク。

 初めて見た時は、ヘッセリンクにしてはひょろひょろしたガキだと思ったが、なかなかどうして。

 倅に聞いたら、無尽蔵の魔力と体力で敵を底なし沼に引き摺り込み、じわじわ追い詰めるやり方が得意だって言うじゃねえか。

 そりゃあヘッセリンクらしい悪辣さだって頼もしく思ったもんだ。

 大体、魔法使いの連中は魔力を切らさないように立ち回る。

 魔力が切れた魔法使いなんざただの的だからな。

 プラティの奴には魔力が切れた時のためにガキの頃から殴り合いの仕方を仕込んでおいたからあんなになっちまってるが。

 

 三方向から迫ってくる狼達をいなしつつ、上から突っ込んでくる骨は首をとっ捕まえてぶん投げる。

 と、そこに猫がサーベルを突き込んでくるから笑いが止まらねえ。

 この指示を出しているのが曽孫じゃねえのも異常なとこだろうなあ。

 本丸は小僧じゃなく、出てきて早々ぶちかまし仕掛けてきたあの四本腕の猿。

 常に他の奴らが視界に収まる場所に陣取ってるあれが指示出してるってことだろう。

 面倒くせえが、面白え。

 曽孫のやつはあくまで魔力を送る役割で、召喚獣達はその魔力が続く限り好きに暴れ回るってわけだ。

 

「小僧! てめえ、突っ立ってるだけかよ! かかってきたらどうだおい!」


「ああ。炎狂いや巨人槍と比べると、敵を煽る技術に劣るようですね。もっと深く抉りこむように煽らない、と」


 そんなことを言いながら、無造作に槍みてえに太い風の矢を撃ってくる。


「うおっと! まだ魔力が切れねえかよ。そろそろ魔力枯渇で膝プルップルになる頃合いだろうに」


「ご心配なく。このままなら明日の朝まで継戦できます。先に尽きるのは、ひいおじいさまの体力ですよ? ゴリ丸!」


 小僧の声に反応し、四つ腕の猿が目に凶暴な光を灯しながら突っ込んできた。

 見た目は怖えが、お利口さんだ。


「おうおう! 落ち着けよ獣の大将。司令官が前に出てきちゃダメだろうがよう!」


 相手が前に出てこようが、退がる選択肢はねえ。

 前に出る方が絶対面白えからな。

 正面から衝突した瞬間、身体の芯まで響くような衝撃を感じてつい頬が緩む。

 

「これこれえ! 生きてるって感じだなおい小僧!」


 ぶつかった勢いで後ろに跳びながら笑いかけると、こんなに楽しい場面だってのに曽孫は渋い顔だ。


「いや、死んでるでしょう」


 確かにそうだが細えことはいいんだよ!

 死んでるにも関わらず生を実感できる。

 それが殴り合いのいいところだ。

 群がる獣どもの牙を、爪を、刃物を紙一重のところで躱しながら拳を、蹴りを返していく。


「おう、切り札があるなら早め早めに切っておけよ? 使う前に終わっちまったらつまんねえからなあ!」

 

 むしろそんなものがあるなら早く見せて楽しませてくれ。

 そんな俺のワクワクが伝わったのか、小僧が露骨に魔力を練り始めた。

 

「一理ありますね。では助言に従うことにしましょう。出ろ、マジュラス」


 マジュラス?

 ああ、あの喋る魔獣か。

 ちんまい坊主が黒いモヤから飛び出すと、代わりに猿やら骨やらが姿を消した。


「おいおい、そいつも知ってるぜ? その坊主は防御寄りだろうが。俺は、切り札出せって言ったんだがなあ」


 えらい勢いで魔力練りやがるからどんな変わり種が出てくるかと思ったら知った顔。

 ひいおじいちゃんがっかりだぜ?


「慌てない慌てない。彼は立派な切り札ですよ。では、亡霊王マジュラス。毒蜘蛛様の顔面に一発叩き込んでこい」


 瞬間。

 小僧から魔力が消え、代わりに横に立っていた坊主が姿を変えやがった。


「お? おお? おお! なんだそりゃ! おいおい。えらい男前に仕上がったじゃねえかあっぶねえ!?」


 期待を裏切らねえ曽孫についつい感動しちまっているところに、躊躇わず剣を突き込んできやがった。


「馬鹿お前、感動くらいさせろっぐう!?」


 すんでのところで突きを躱すと、崩れた体勢を整える前に腹に蹴りをくらう。

 倅曰く無尽蔵だという曽孫の魔力を全部食ったらしい魔獣の蹴り。

 こりゃあ、何本か逝ったな。

 まあまあの距離を飛ばされて立ち上がると、追撃はなし。

 冷静だねどうも。


「しっかし、前にこんなに綺麗に入れられたのがいつか思い出せねえくらいだ」


 初代のおっさんやプラティと殴り合ってもここまでまともにくらったことはねえんじゃねえか?


「この状態のマジュラスの蹴りをくらってなお笑いながら立っていらっしゃる。控えめに言って化け物でしょう。わかっていたことなので新鮮な驚きはありませんが」


「血反吐吐いてのたうち回るとでも思ったか? そりゃあ毒蜘蛛っつう二つ名を舐めすぎだぜえ?」

 

 こちとら、伊達に全方位から嫌われそうな二つ名背負ってねえんだよ。

 

「それよりいいのか? 小僧お前、流石に魔力切れだろうが。切り札切れとはいったが、てめえ自身が弱点になるような切り札切るのはひいおじいちゃん、感心しねえよ?」


 俺が召喚主である小僧を狙ったら終わりだ。

 骨が逝った状態でも、この騎士服の獣を抑えて小僧に一発入れるくらいはできる。

 最近では一番だと感じるほど心躍った殴り合いに終わりが近づいていることをつまならく思っていると、なぜか曽孫が唇の端を吊り上げて嫌な感じで笑う。

 こいつ、本当に倅にそっくりだな。


「魔力切れ? さて、なんのことでしょう。僕ならこれ、このとおり。ゴリ丸! ドラゾン! ミケ! ミドリ! メゾ! タンキー!」


 魔力温存のために引き上げさせたとばかり思っていた獣達を場に戻してみせやがる小僧。


「おいおい。どうなってんだ。お前、その魔力。回復するのが早すぎやしねえか?」


 生まれてから死んだ後までイカれてるって言われ続けてきた俺でも流石に呆れちまったね。

 プラティに視線を向けると、曽孫と同じ顔で笑い、親指を立てる仕草を見せてくる。

 どうやらからくりを知ってるらしいが、楽しんでんじゃねえよ。

 楽しむのは俺だけで十分だっつうの。

 

 ……おい、見てるかお前。

 俺達の曽孫が最高なんだが。

 


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