第707話 よっしゃ行こうか

 額と額をくっつけたまま、あ? お? と古のヤンキーのようにやり合う僕とひいおじいちゃんの足元から、突然間欠泉のように炎が吹き出す。

 間一髪のところでひいおじいちゃんに蹴り飛ばされ再アフロ化を回避することに成功したが、愉快犯的に火柱を発生させた犯人はもちろんこの男。

 炎狂いプラティ・ヘッセリンクだ。

 僕達が抗議の視線を送ると、煩わしそうにしっしっ! とばかりに手を振りながら言う。


「父親と孫が揃って暑苦し過ぎて見るに耐えません。早く始めて早く終わってくださいな」


「バッカ野郎! いいとこだっただろうが! 余計なことするんじゃねえよプラティ!」


 歯を剥き出しながら吠える毒蜘蛛様だったが、吠えられたグランパはうるせえとばかりに火の玉をストレートで放りながらせせら笑う。


「今のやり取りのどこにいいところが隠されていのかわかりかねますね。ああ、念のために言っておきますが、くれぐれも簡単に負けないでくださいよ父上。貴方の惚気など聞くに耐えないのですから」


「はっ! 大きなお世話だ。だいたい、俺が小僧に負けるわけがないだろうがよ!」


 おやおや。

 過信は禁物だと思いますよ毒蜘蛛様。

 貴方の言う小僧は、ジーカス・ヘッセリンクの息子で、プラティ・ヘッセリンクの孫であり、それよりなにより、ジダ・ヘッセリンクの曽孫なのだから。


「来い、ドラゾン。弾き飛ばせ!」


 喚び出し即圧縮。

 そして、ノータイムで毒蜘蛛様にけしかける。

 僕のドラゾンは、当たると痛いぞ!


「おっ!? こいつはこないだも見たな。いいぞ! こんだけの魔力の塊。ぶん殴り甲斐があるってもんだ!」

 

 僕自慢の召喚獣が一直線に向かってきているというのに、満面の笑みで両手を広げて見せるひいおじいちゃん。

 その様子に得体の知れない恐怖を感じ取ったのか、本能に従いドラゾンが距離を取る。

 

「ドラゾン! 構わない! 前へ!」


 本当なら本能に従うことは正解だと思うけど、なんせ相手はあのジダ・ヘッセリンクだ。

 理性も本能も取っ払うことが勝利への必須条件だろう。

 ドラゾンに後退することを許さず前進させた僕に、毒蜘蛛様が破顔した。


「退がらないってか? 俺相手に? ますますいいじゃねえか小僧。流石は俺の曽孫だなあ。だけど、そりゃあ蛮勇ってもんだろうよお!」


「蛮勇大いに結構。そのくらいでなければ、あの毒蜘蛛様を殴り飛ばすには足りない。ゴリ丸!」


 蛮勇。

 つまり、蛮族みたい勇気。

 

【違います】

 

 違わないさ。

 戦略も戦法も戦術もない、腕力任せの原始的な殴り合い。

 それこそがヘッセリンク男子の本懐だ。

 というわけで、蛮族行きまあす!!


「喰らえ!」 

 

 こちらも喚び出した瞬間この空間での適正サイズに圧縮されたゴリ丸が、遠慮など一切ないといった様子で襲いかかる。


「っとう! 二体目も見たことがあるな。しっかし、小僧。お前の魔力どうなってやがる。おかしいだろ」


 ゴリ丸の超高速ぶちかましをギリギリで回避した毒蜘蛛様が、わざとらしく額の汗を拭うような仕草を見せながら言う。


「ゴリ丸とドラゾンを前に雑談を仕掛けてくる余裕のある老人がどの口でおかしいなどと

。まったく、ヘッセリンクというやつは面倒なことだ」


 僕が呆れを隠そうとせずそう言うと、それを上回る呆れ顔で返してくる。


「お前もそれだってこと、忘れてやがるか?」


「忘れたくもなりますよ。毒蜘蛛、炎狂い、巨人槍に連なるには、僕は普通過ぎますからね。先達の偉大さを思って毎日ベッドで震えているのですよ?」


「嘘つけ馬鹿野郎」


 うん、震えているのはもちろん大嘘だけど、ひいおじいちゃん達と比べれば僕なんかノーマルなヘッセリンクだと考えていることに嘘はない。

 それくらいご先祖様達は揃いも揃って濃いからね。

 

「俺が言うのもなんだが、いいのか? そいつらだけで。ひいおじいちゃん、そろそろ身体が温まってきたんだがよう。俺相手に出し惜しみする余裕があるなら別だが……」


「ミケ! ミドリ! メゾ! タンキー!」


 毒蜘蛛様の迫力に、ついついアニマルズを召喚する。

情けない話だが、ひいおじいちゃんの迫力に負けた形だ。

 居並ぶ猫と狼三体を前に、ひいおじいちゃんは眉間に皺を……寄せなかった。

 むしろテンションが上がったように、実の息子に釘を差しにいく。


「いいねいいね! そうこなくっちゃ。おうプラティ! 本当に諸々邪魔すんじゃねえぞ!」


 大音声でそんな指示を出すひいおじいちゃん。

 呼ばれたグランパは、うるっせえなとばかりに今日一番の苦い顔を見せたあと僕に視線を飛ばしてくる。

 

「レックス。とりあえずうるさいのでさっさと黙らせなさい。幸い、その男一人いなくても森の環境は維持できます。永遠に滅してしまっても構いません」


 孫に対して実父を永遠に滅する許可を出す祖父が果たしているだろうか?

 答え。 

 いる。

 目の前に。

 しかし、それを受け入れる孫は?

 答え。

 いる。

 ほら、ここに。


「承知しました。全員突貫! お前達、遠慮はいらん。毒蜘蛛を喰らい尽くせ!!」


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