第706話 フェイスオフ
帰宅は予定より遅くなったが、ステムに伝言を託していたことが功を奏したらしく、ハメスロットからかけられたのも、あんまり予定にないことはしないでくれよ? くらいのお小言だけだった。
もしかしたら言いたいことは他にもあったかもしれないが、エイミーちゃんの様子を見て説教どころじゃないと判断したんだろう。
自らの成長にテンションが上がったままに貴重な食材である竜種を跡形もなく燃やし尽くした事実に気付き、信じられないくらい落ち込んで帰ってきたからね。
悲しむ愛妻を慰めるためにも、近いうちに竜種狩りをしようと心に誓った。
「と、いうわけでお祖父様のおかげでエイミーの火魔法使いとしての能力を飛躍的に伸ばしてあげることに成功しました。お礼申し上げます」
二日後。
修行の成果を報告するために地下に降り、グランパにエイミーちゃんの成長具合を伝える。
「あの修行法を愛妻に課したことに言いたいことはありますが、上手くいったのならいいでしょう」
いいでしょう、と言いながらも、あのおかしな修行に奥さん付き合わせるとか正気か? とでも言いたげな表情を浮かべるグランパ。
これには声を大にして反論させていただきたい。
「可愛いエイミーを好き好んで昏倒前提の修行に付き合わせたりしません。だいぶ止めたのですが、妻の意思があまりにも強かったので、やむをえず」
「でしょうね。私もエリーナに一緒に修行したいとねだられたら二つ返事了承したでしょうから」
了承するんかい。
いや、するよね。
多分パパンもママンに『一緒に修行したい!』って言われたら絶対即OKするだろうし
。
しかし、グランマか。
「お祖母様が魔法を使われるという話は聞きませんが」
ジャルティク出身の男装の麗人で、グランパと相思相愛。
正直それ以上のグランマの情報は持ち合わせていない。
僕の問いかけに、グランパがニヤリと笑う。
「お世辞にも魔法の才能に恵まれているとは言えませんでしたよ? まあ、そんなものを補ってあまりあるほどの頭のキレと鋭い弁舌、さらにはこの世のものとは思えない可愛らしさを誇っていましたがね」
息をするように愛妻を絶賛する姿勢。
ぜひ見習いたいものだ。
「いいですかレックス。エイミーのようにヘッセリンクの家来衆に混ざって嬉々として森に入ってくれる子は貴重です。これからも大事にしなさい」
「言われるまでもありません。今エイミーは成長の喜びに任せて竜種を跡形もなく燃やし尽くしたことに打ちひしがれているところです。ひいお祖父様の討伐を終え次第、家来衆を引き連れて竜種狩りを行うつもりでいます」
なんなら、竜種を狩れるまで帰宅できない的なイベントにしても構わない。
イベント参加者?
ジャンジャックが強制参加で、あとは任意です。
「いい心がけですね。妻の悲しみは一分一秒でも早く埋める。それがヘッセリンクの男子というものです」
「……それは、毒蜘蛛様にもあてはまるのでしょうか」
あの闘争にしか興味がなさそうなひいおじいちゃんも、奥さんのために東奔西走したりしていたのだろうか。
探るように尋ねた僕に、グランパが肯定するように頷く。
「もちろん。あの、人として終わっているどちらかというと魔獣寄りの男もヘッセリンクですからね」
ヘッセリンクの皮を被った魔獣。
それがジダ・ヘッセリンク。
そんなひいおじいちゃんも奥さんへの愛は深かった、と。
「想像がつきません。いえ、お祖父様がお祖母様に膝枕をされている姿も想像がつかないのですが」
「エリーナの膝枕は最高でしたよ? どれだけ疲れていても、翌朝には体力も魔力も気力も全てが回復しているのですから。いや、それすらもオマケでしかありませんでしたね。目を開けたらそこにエリーナの女神のような微笑みがあった。それに尽きます」
わかるー。
この十日間、魔力が枯渇して倒れる時は毎回最悪の気分だったけど、目覚めだけはこれまた毎回最高だったからね。
エイミーちゃんの丸みを帯びた狸顔が至近距離に。
これこそ至福。
同意するように頷いた僕を見て、グランパが何かを思い出すように遠い目をした。
「妻の膝枕で目覚めるたびに思ったものです。この子のためなら南の小島くらい沈めることも辞さないと」
この沈めるには色んな意味が込められているようだけど、野暮なので突っ込まないようにする。
「まーたテメエはエリーナのこと語ってやがんのかプラティ。小僧も聞きたくねえなら聞きたくねえって言っていいんだぜ?」
そんな祖父と孫の会話に割り込んできたのは、毒蜘蛛ことひいおじいちゃんだった。
苦手な実父の登場に一瞬顔を顰めたグランパだったけど、すぐに笑顔を浮かべて肩をすくめる。
「おや父上。大丈夫ですよ。レックスはこの手の話が大好物ですから」
まあ、好きか嫌いかで言えば間違いなく大好物なので、肯定の証としてひいおじいちゃんに向けてサムズアップしておく。
「はっ、 変わり者の孫は変わり者かよ。まあいいや。なんでも、『毒蜘蛛討伐』の準備ができたって?」
僕の肩をぽんっと叩きながら歯を剥き出して笑う毒蜘蛛さん。
「ええ。正確には、心の準備ができた、ですがね。早速手合わせ願えますか? 毒蜘蛛様」
ひいおじいちゃんの額に自分の額をくっつけた、行き過ぎたフェイスオフの状態から尋ねると、一層笑みを深める毒蜘蛛さん。
「もちろんいいぜ? 可愛い曽孫のおねだりだ。満足するまで付き合ってやる」
満足するまで?
それは僕がなのか、ひいおじいちゃんがなのか。
おそらく後者だろう。
「ありがとうございます。ああ、ひいお祖父様。僕が勝ったら一つお願いがあるのですが」
「なんだ? 無闇に家来衆に絡むなとか言うつもりか? まあ、考えてやらんこともないが」
考えてやらんこともないと言われて約束が守られた事例があるのかぜひ確かめたいところだが、今回はそうじゃない。
「いいえ。僕が勝った暁には、ひいお祖母様のどこを愛していたか語ってください。生粋の戦闘狂である貴方がどんな風にひいお祖母様を愛していたのか、非常に興味があるので」
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