第705話 紅蓮の女神

 日頃の行い、という言葉がある。

 大抵素行が悪い人間によろしくないことが起こった時に使われるイメージだ。

 なぜそんな話をするのかというと、現在進行形で日頃の行いのせいだと言われそうな事態に陥っているから。

 もちろんエイミーちゃんではなく僕の行いのせいだろう。

 遅くなると家来衆達に心配をかけてしまうからと、エイミーちゃんとゴリ丸の背中に乗って家路を急いだ僕達。

 中層のど真ん中くらいからなのでそこまで時間はかからないだろうと思っていた僕達の前に現れたのは、羽の生えた小型の蜥蜴。

 小型とはいってもオドルスキくらいのサイズはありそうなその生き物は、錆色の鱗で身体を覆った竜種だった。

 なんでこんなとこにいる? 

 濃緑色の謎の生物を倒して以降、魔獣の棲息地は元に戻っていたはずなのに。

 普通の魔獣なら最悪無視すればいいんだろうけど、竜種となると話は別だ。

 怖いもの知らずの魔獣は重たそうな羽を大きく広げ、逃がさないぞ! とばかりに威嚇している。


「早く帰らないと怖い爺や達に叱られるのだが、やむを得ないか」

 

 ため息をつきつつゴリ丸の背中から降りようとすると、エイミーちゃんが僕の服の裾をきゅっと握る。

 何かな? と振り返ると、そこには上目遣いの愛妻。

 

「お待ちください、レックス様。ここは、私にお任せいただけませんか?」

 

 許す。


【落ち着いて】


 オーライ。

 危うく妻のおねだりを全て受け入れてしまうところだった。

 ダメだぞレックス・ヘッセリンク。

 

「エイミー。熊や牛、鹿や蟹程度なら頷くところだが、竜となれば流石に許可できない」


 実際、中層に出そうな魔獣達は粗方燃やし尽くしたエイミーちゃん。

 全く危なげなかったので一切止めなかったけど、相手が竜種なら話は別だ。

 危険すぎる。

 しかし、普段はワガママなんて全く言わない愛妻が、この時は一歩も引かないとばかりに訴えてきた。


「お願いいたします。もし、やはり竜種には太刀打ちできないとわかったなら、素直に退がることをお約束いたしますので、何卒」


 そう言いつつ、ゴリ丸の背中の上でガバッと頭を下げる。

 ここまでするくらいだから、説得には相当骨が折れるだろう。


「……わかった。いいだろう。ただし、これは無理だと思った瞬間に介入するからそのつもりでいてくれ。万が一にもその可愛い顔に傷がついてはいけないからな」


 自慢の丸顔に髪の毛一筋ほどの怪我もさせたくない。

 もしそうなったら、妻に傷をつけた種を根絶やしにすることをここに誓います。


【蛮族の宣誓、怖い】


「もうっ! レックス様ったら!」


 可愛いと言われたことが恥ずかしかったのか、顔を赤らめて僕の腕をポカポカと殴るエイミーちゃん。

 はっはっは! そんな仕草も可愛いぞー、なんてやっていたら、僕達のリラックス具合が気に入らなかったのか、竜種がサイズに似合わない咆哮を上げる。


「あら、ごめんなさい。愛する旦那様に褒められてつい。あなたのことを忘れていた訳じゃないのよ?」


 そう言うなり、エイミーちゃんが炎の弾丸を複数、竜に向かって投げ付けながらゴリ丸から飛び降りる。

 竜種は牽制以上の意味がなさそうなそれを余裕で避けると、ホバリングしながら息を吸い込むように頭を逸らした。

 そして、お返しとばかりに紅蓮の炎を吐き出す。

 

「エイミー!」


「火魔法、爆炎花!!」


 竜のブレスを見て焦っていたのは僕だけのようで、エイミーちゃんは落ち着いて魔法をぶつけて相殺してみせた。

 うちの妻が凄腕魔法使いな件。

 ブレスが効かなかったことに苛立ったのか、金切り声を上げながらエイミーちゃんに体当たりを仕掛ける竜種。

 頭からぶちかましに行った錆色の竜に対して愛妻が選択したのは回避、ではもちろんなく、鼻面目掛けた飛び膝だった。

 ゴッ! という音とともに空中で衝突し、お互い弾け飛ぶ人と竜。

 うちの妻が竜に飛び膝をして互角だった件。


「エイミー! 大丈夫か!?」


 いや、無茶しないで!

 いくらプロテクターを付けてても膝が割れちゃうから!

 僕が名前を呼びながら駆け寄ると、エイミーちゃんは何事もなかったように立ち上がり、服についた土をパンパンっと払いながらニッコリと笑ってみせる。

 

「問題ございません。竜種は、鼻周辺が一番柔らかいのです」


 ああ、そう言えばリスチャードなんかが竜種に頭突きしたのに額が割れるくらいの怪我で済んでたな。

 とはいえ、どこまで行っても人と竜だ。

 一つ間違えば大怪我に繋がるので、過保護を自認する夫としては、二度とやらないでほしい。


「私程度に弾き飛ばされるならば、あの子はまだ幼体なのでしょう。ならば、勝ち目はあります。レックス様、見ていてください。これが、修行の成果です」


 エイミーちゃんが掌を地面にくっつけ、いまだ地面から飛び立てずにいる竜種に向けて怪しく微笑みかける。

 

「火魔法。獄、炎、波」


 敵に言い聞かせるよう一言一言はっきりと発音すると、掌をついた地面から激しい炎が吹き出し、大地を焦がしながら猛スピードで竜種に襲いかかった。

 本能的にこれはまずいと感じたんだろう。

 竜種が炎から逃げるよう空に逃げ場を求める。

 しかし、安全圏であるはずのそこは、マイプリティワイフの掌の上だった。


「燃え尽きなさい」


 エイミーちゃんの呟きを受け、焦がす対象を大地から空に変える炎。

 赤い竜巻となった炎は、竜種を飲み込んだまま遥か空高く昇っていくと、エイミーちゃんが魔力枯渇で地面に倒れたと同時に姿を消した。

 もちろん、竜種の姿は影も形も残っていない。


「エイミー、よくやった。が、無茶はするな。愛する妻が倒れる姿は心臓に悪い」


 そう言いながら、魔力切れで動けなくなっている愛妻をお姫様抱っこする。

 そして、エイミーちゃんが僕の胸にすりすりと頬を擦り寄せ、寝息を立て始めたその時。

 忘れかけていたあのアナウンスが脳内に鳴り響いた。


【おめでとうございます! 忠臣がランクアップしました!


マジカルストライカー エイミー

クリムゾンミューズ エイミー


ランクアップ内容を説明します


クリムゾンミューズ エイミー


狂人の名を冠する家に嫁ぎ、その明るさでレプミアの西の果てを照らす優しき女神。しかし、その逆鱗に触れたものはことごとく女神の操る紅蓮に焼かれることになるだろう。食事は多めに用意するが吉】


 妻の二つ名がカッコ良すぎる件。

 

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