第704話 炎の花

 目の前で、炎の花が咲いた。

 美しい紅の花は、襲ってきた熊のつがいを飲み込みむと、派手な音と共に爆ぜる。

 後に残ったのは黒く焦げた地面と、マッドマッドベアだったらしい炭化した何か。

 我が家基準では食卓を彩る食材に成り下がっているが、花に包まれて炭化した魔獣は脅威度Cを誇る凶悪な魔獣だ。

 そんな魔獣に一切の抵抗を許さず黒焦げの骸に変えてみせたのは狸顔の火魔法使い、プリティワイフことエイミー・ヘッセリンク。

 本人曰く、彼女は魔力量が極端に多い方ではない。

 僕の知っているエイミーちゃんの必勝パターンは、炎弾や炎連弾などの比較的魔力消費の少ない火魔法で敵を牽制しつつ、自慢の格闘術で仕留めるというもの。

 しかし、この日のエイミーちゃんは格闘術を完全に封印し、グランパ顔負けの高火力で魔獣を次々に焼き尽くしてみせた。

 ちなみに、今使ったのは『爆炎花』という世間的に知られている中でも殺意モリモリ♪ な火魔法らしい。

 口に出して読みたい魔法名であるのは間違いないが、その殺意モリモリな魔法を顔色一つ変えずに連発している愛妻に冷や汗が止まりません。

 十日間すごい量の汗をかいたのにまだ汗が出るなんて、人体って不思議だね。

 

「驚異的だな。まるでお祖父様のようだ。たった十日だぞ? たった十日でここまで変わるものか?」


 その後も現れる魔獣を爆散する花で淡々と屠り続けるエイミーちゃん。

 声をかけると、額にうっすら汗を浮かべた愛妻が素敵な笑顔で応えた。

 

「先々代様のようだは過分なお言葉ではありますが……、そうですね。爆炎花をこんなに短い間隔で放ったというのに、全く魔力が減った感じがありません」


 言いながら掌に小さな赤い花を浮かべ、爆発させてみせる。

 今のムーブ、火の玉でお手玉してみせるグランパのそれと同じだ。

 救いは、唇を吊り上げて皮肉げに笑わなかったことだろうか。

 こんなに可愛い妻の正統進化先がプラティ・ヘッセリンクな可能性に思い当たり膝が震えるが、なんとかそれを抑えて言葉を続ける。


「爆炎花、か。僕は初めて見たが、これまでも使えたのだろう?」


「もちろん使えはしました。あ、獄炎波もちゃんと使えるんですよ? 火魔法は幼い頃から頑張って身に付けましたので」


 ごく、えん、は?


【火魔法『獄炎波』。火属性の最上位魔法の一つです。放たれた帯状の炎が地を這いながら高速で相手に向かい、狙った場所で竜巻のように変化して上空に向かって激しく燃え上がります】

 

 うん、男心をくすぐる魔法なのはわかった。

 わかったけど、今は置いておこう。


「その爆炎花だが、今までなら日に何度くらい使えていた?」


「頑張って二回程度だったのではないでしょうか。曖昧なのは、実戦ではほぼ使ったことがないからです。威力はありますが、すぐに魔力が枯渇してしまいますから」


「日に二発だったものが、今日これまでに何発放った? 史上最高の火魔法使いを自称するプラティ・ヘッセリンクが実践した修行の効果は伊達じゃないということか」


 悔しいけど流石はグランパだよ。

 あの修行方法、世間一般に広めたらとんでもないことになるんじゃないか?

 いや、考えもしなかったけどそもそも既に知られてる方法なのか?

 コマンド。


【おそらく、先々代プラティ・ヘッセリンク独自のものかと。もし知られていたら、そこかしこで謎の汗をかきながら昏倒する魔法使いの姿が見られるはずです】


 嫌な光景だな。

 

【仮に知られていたとしても、一般的には体調に支障を来してまで魔力量を増やそうとは思わないものです。考えるなら、現有の魔力をどう運用するか、でしょう】


 なるほどね。

 ありがとう、コマンド。

 そうなると、この修行法は我が家の中限りにしないといけないな。

 もちろん全員が全員エイミーちゃんのように急成長するわけではないんだろうけど。


「先程目が覚めた瞬間、身体中の隅々まで魔力が行き渡っているのを感じたのです。それで、ああ、爆炎花も獄炎波も、今なら使えると」


「居ても立ってもいられず走り出したのも納得だ。これは、試したくなっても仕方ない。エイミー、素晴らしい成果だ。よく頑張ったな」

 

 ほぼ十日間、僕に付き合って面白くもないのに体調だけ悪くなるという悪趣味な修行をこなし、見事な成長を遂げたエイミーちゃんを称賛しつつその柔らかな髪を撫でると、猫のように目を細め、そっと寄り添ってくる。

 

「狂人レックス・ヘッセリンクの横に立つのは、妻である私。これは、家来衆にも絶対に譲れません。そのためにも強くならなければならないのです」


 気持ちよさそうに細めていた目が開かれると、そこには強くギラつく肉食獣のような光があった。

 やだ、ワイルドワイフ。


「夫としてもヘッセリンク伯爵としても、森以外でその力を振るわせることがないよう努力するが、いざという時には頼らせてもらおう」


「お任せください」

 

 僕の言葉に表情を引き締めて頷いたエイミーちゃんだったけど、すぐに頬を赤らめ、困ったように眉をハの字に下げる。


「あの、レックス様。魔力は減っていないのですが……、恥ずかしながらお腹が減ってしまいました」


 先程までのギラつきはどこへやら。

 潤んだ瞳で僕を見上げてくるマイプリティワイフ。

 かーわいー。


「はっはっは! そうだな。では、暗くなる前に帰ろう。これ以上遅くなると、流石に叱られてしまうからな」

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