第702話 子育て上手
結局エイミーちゃんを説得できず、十日の期日を設けて二人で魔力確保の修行に精を出すことになった。
場所は屋敷の裏庭。
本当はみんなに迷惑をかけないよう森の浅い場所に行こうと思ってたんだけど、昏倒する可能性があるのに森に入るなと止められたので、家来衆の目の届く場所での修行実施となった。
修行方法は至ってシンプル。
エイミーちゃんは、全力で炎を纏う。
それはもうただひたすらに。
その姿はまさに炎を司る女神だ。
一方の僕は、召喚獣のみんなを全員召喚し、全力で魔力を注ぎ続けるスタイルだ。
修行を継続するなかで二人とも何度も昏倒し、一度なんかは、夫婦で同時にぶっ倒れたらしく、ザロッタとリセがおやつを持ってきてくれるまで眠り続けるといったこともあった。
そんな修行も折り返しを迎えた五日後の昼下がり。
「いかがですかな? 伯爵様……おやおや、失礼。これはお邪魔でしたか」
裏庭に顔を見せたのは巨大なバスケットを抱えたハメスロット。
昼ご飯は食べたので、中身はエイミーちゃんのおやつだ。
しかし、肝心のエイミーちゃんはつい先程魔力を使い果たして倒れ、今はすやすやと眠っている。
僕の膝枕で。
「いや、いい。多少騒いだところで目を覚ましはしないさ」
正確には睡眠じゃなくて昏倒だからね。
すぐそばにロックキャノンでも撃ち込まれない限り当面起きないだろう。
「家来衆としても私個人としても、伯爵様はともかくお嬢様には身体に負担がかかるようことは避けていただきたいのですが」
普段はエイミーちゃんを奥様と呼ぶハメスロットだけど、この時は爺やの顔でお嬢様と呼んだ。
僕はともかくと言ったことについては後ほど問い詰めるとして。
「言い出したら聞かないからな。頑固なところは、カニルーニャ伯譲りなのかな?」
僕の言葉を聞いたハメスロットは、否定するように静かに首を横に振る。
「頑固なのはお嬢様の個性でしょう。幼い頃から出来ることが少ない分、出来ることは徹底してやろうという方でした」
食欲絡みで社交デビューしてなかったり、行動に制限がかかったりしてたんだったっけ。
できないことはできないと諦めて我儘は言わない。
だけど、できることは妥協せずにやり切る。
きっとそれが今のエイミーちゃんを形作っているんだろうな。
「その結果が、あの火魔法の出力に繋がっているわけか。人を褒めないお祖父様が言っていた。『エイミーの火魔法は悪くない』とな」
それを聞いた時は、愛する妻についつい嫉妬してしまった。
だって、グランパったら僕のことは全然褒めてくれないんだから。
あの炎狂いに認められた妻を誇らしく思うと同時に、悔しさを覚えたのも事実だ。
「伝説の炎狂いから悪くないの言葉を引き出すとは。お嬢様の側に仕えてきた者としては、胸にくるものがありますな」
「ちなみにお祖父様の悪くないは、絶賛だと考えていい。カニルーニャ伯に文で伝えて差し上げてくれ。きっと義父殿も喜ぶだろう」
お義父さんは地下の秘密を知っているから話しても構わない。
ハメスロットも僕の言葉を受けて嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そういたします。……しかし、大きくなられた」
僕の膝で眠るエイミーちゃんの顔を見つめながらしみじみと呟くと、ハメスロットの目から涙が溢れる。
幼い頃から見守ってきたお嬢様の成長やらなんやらで、感動したのかもしれない。
「エイミーの成長を見て泣くくらいなら、普段からもう少し優しくしてやったらどうだ」
ちょっと厳しすぎるわよ? 貴方。
もう少し素直に愛情表現してもバチは当たらないと思うけど、これにも頷こうとはしない頑固な爺や。
「それはやめておきましょう。ヘッセリンク伯爵家の筆頭文官としても、お嬢様付きの爺やとしても、甘い顔はできません」
「そんなものか。難しいものだな。僕は爺やがアレだからよくわからないが」
レックス・ヘッセリンクの爺やは、言わずと知れたジャンジャックだ。
「そもそも鏖殺将軍と呼ばれ、近隣諸国はおろか自国ですら恐れられたジャンジャック殿に子守りを任せるのがどうかしているのです」
どうかしていた張本人は今も地下で元気に槍を振っていますよ?
確かにジャンジャックと子守りほど結びつかないものはないけど、ユミカや子供達への接し方を見ていると、ちゃんと爺やをしてくれていたんだとわかる。
「はっはっは! アリスがやってくるまで幼いユミカの面倒を見ていたのもジャンジャックだからな」
ユミカを育てたというその一点だけを挙げても、ジャンジャックは子育て上手だと言えるんじゃないだろうか。
「オーレナングに来て最も衝撃を受けたことは、ジャンジャック殿が子供に優しいということでございます。同世代では最も悪名高い彼が、これほど子供に甘いとは」
ハメスロットが苦笑しながら森に視線を向ける。
どうやら、僕の爺やは今日も森で絶賛躍動中らしい。
「それを言うなら、お前とジャンジャックがサクリの面倒を見る権利を賭けて取っ組み合い寸前だった時には僕も心から驚いたよ。エイミーの心の安寧のためにも、頼むから無茶はしてくれるなよ?」
「ご心配なく。サクリ様とマルディ様のお世話をするためなら、鏖殺将軍すら叩き伏せる所存にございます」
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