第701話 膝枕

 グランパから有用な助言を得た僕は速やかに屋敷に戻り、エイミーちゃん、ジャンジャック、オドルスキ、メアリを招集する。

 

「というわけで、お祖父様からの助言に従い、毒蜘蛛ジダ・ヘッセリンクの討伐に向けて魔力量確保のための修行に入る。みんなには見苦しい姿を見せるかもしれないが、そういうものだと心得ておいてほしい」


 炎狂い印の修行法を試した結果、下手をしたら屋敷の廊下や庭でぶっ倒れている僕が目撃されるかもしれない。

 そのたびに騒つかせても申し訳ないので、事前にその旨を伝えると、ジャンジャックが承知したとばかりに頭を下げる。


「我ら家来衆一同、狂人レックス・ヘッセリンクがさらに一段上を目指す姿をこの目に焼き付ける所存にございます」


 一段上を目指すために色んな場所で失神したり滝汗かいたりしている僕の姿を目に焼き付けるの?

 情けないのでぜひやめていただきたいが、そんなことは言えないので曖昧な笑みを浮かべて頷いたあと表情を引き締める。


「ああ。仕上がりを楽しみにしておいてくれ。僕は、近日中に毒蜘蛛を超えるぞ」


 意図的にニヤリと唇を吊り上げながら拳を握りそう力強く宣言すると、ジャンジャックとオドルスキがおおっ! と歓声を上げ、エイミーちゃんが頬を染めてこちらを見つめてくれる。

 決まった。

 

「言ってることはかっこいいのに、髪が全体的にチリチリなのが台無しなんだよなあ」


 おいおい、メアリ。

 言うんじゃないよ。

 みんな大人で見ないふりしてくれてるんだから。

 髪がチリチリアフロ風になってる理由は、強いて言えばグランパに対毒蜘蛛さんのレクチャーを受けた結果だと言っておこう。


【いつもの祖父と孫の殴り合いだったように記憶していますが?】


 シャラップ、コマンドボーイ。

 メアリの指摘のせいで、ドヤ顔で握った拳の下ろし方が分からなくなったが、そこに救世主が現れる。

 その名は、オドルスキ。


「ふっ。まだまだ青いなメアリ。見た目など、その瞬間を切り取った絵姿にしか過ぎない。お館様の真価は、その魂の色を見なければ理解できないさ」


 救世主がしたり顔で凄いことを言い出した。

 もちろんメアリも、なるほどそうか! とはならず、呆れたように肩をすくめながら言う。


「オド兄よお。参考までに聞くけど、兄貴の魂は何色だい?」


 あー、ヘッセリンクの濃緑か、金色とか言うのかな?

 教えてオドルスキ!

 

「お前も知っているとおり、レックス・ヘッセリンクという人間はまさに千変万化。その色は、見る人間によって様々に変わっていく。そうだろう?」


「つまり玉虫色かよ。まあ、兄貴らしいっちゃ兄貴らしいわな」


【よっ! 玉虫色の狂人!】


 響きに一切の前向きさを感じないのでやめてください。

 

「僕の髪型は置いておくとして。とりあえず、十日程度はひたすら魔力の放出と回復を図る日々を送ってみようと思う。お祖父様の話では、失神したり得体の知れない汗が止まらなくなったりするらしいが……」


 みんなには気にせず普段どおりの生活を送ってほしい。

 そう伝えようとする僕の言葉を遮り、エイミーちゃんが口を開いた。


「レックス様。私もその修行にお付き合いいたします」


 その一歩も引かないことを決めたような強い眼差しについつい即OKを出しそうになったところで修行内容を思い出し、踏みとどまる。

 僕にはひいおじいちゃん討伐という目的があるからそれに取り組むのであって、エイミーちゃんが付き合う必要はどこにもない。

 

「駄目だ、危険過ぎる。この修行法は、あのプラティ・ヘッセリンクでも体調に支障を来したほどだぞ?」


 殺しても死なないでお馴染みのグランパですら何かしら体調を崩すくらいの修行に、エイミーちゃんを巻き込むなんてとんでもないことだ。

 そう伝えるも愛妻は首を横に振り、頑なに自分も共に滝汗をかくのだと訴えてくる。


「だからこそでございます。以前お義母様に伺ったことがあるのです。先々代様は、厳しい修行でご自分を追い込まれた後、必ず国都を訪れて奥様の膝枕で眠りに就かれていたらしい、と」


 ……おかしいな。

 聞き間違いかな?

 グランパがグランマの膝枕で眠ってたって聞こえたんだけど。

 え、本当に?


「エイミー、流石にそれは何かの間違いでは? あの硬派なお祖父様が、お祖母様の膝枕でなど」


 孫の髪を、『長くて鬱陶しいから散髪してあげますよ』とかいいながらガンガン燃やそうとしてくるような完全悪役ムーブがきっちりハマるグランパだよ?

 だめだ、想像がつかない。

 頼むから何かの間違いであれ。

 しかし、その切なる願いは神に届かなかったようだ。

 オーレナングの女神エイミーちゃんは、ニッコリ笑うと、残酷な事実を突き付けてきた。


「いえ、ご本人にも確認いたしましたので間違いありません。先々代様は、奥様の膝枕はこの世で最高の寝具であり、修行のあとにはなくてはならないものだと仰っていました。であるならば、レックス様の癒しになるべく、また、私自身も成長するべく、修行に参加させてくださいませ」


 甘えん坊なプラティ・ヘッセリンク、か。

 解釈違いです。



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