第700話 さいこうのまほうつかい

 対ひいおじいちゃんの切り札、青年マジュラス。

 家来衆達を相手取って小揺るぎもしなかった姿を見れば、毒蜘蛛さんが相手でも十分にやり合える可能性が高い。

 が、しかし。

 ここで問題になるのは、切り札を切る際のリスクだ。

 マジュラスの変身のためには、僕自身の今日現在の魔力がフル充電状態でなくてはならない。

 さらに、変身後には僕の魔力がすっからかんになったうえに、足がプルップルで動くこともままならない、ただの三十路男性になってしまう。

 使った瞬間に負けが確定する切り札は切り札とは呼べないだろうということで、少しでも魔力を増やすか、回復を早める手段を探して屋敷の書物を読み漁るも結果は芳しくなく。

 エイミーちゃんやジャンジャックなどの魔法使い組に尋ねてみても、そもそも魔力は枯渇しないよう運用するものだというもっともな回答があるだけ。

 一発逆転を狙って緑の葉っぱを擦り潰して飲んでみたけど、もちろんただの不味い液体だった。

 

「魔力量を増やす方法? なんですか。今でも十分な量の魔力を保有しているでしょうに。あまり欲張るのは感心しませんね」


 濃緑汁まで試した僕が最後に頼ったのは、炎狂いプラティ・ヘッセリンクことグランパ。

 この人も息をするように魔法を乱発するので、何かしらの秘策を持っているのではないかと踏んで尋ねてみると、呆れたようにそう言われてしまう。

 

「毒蜘蛛様の顔面に一発入れるためにどうしても必要なのですが」


 この間の一件の続きだと伝えると、話が変わったとばかりにグランパの目がギラリと光る。

 

「ほう? それは興味深い。とりあえず詳しく聞きましょうか。内容によっては知っていることを教えてあげなくもない」


 素直に教えてあげるよ、とはならないところがグランパらしいけど、藁にもすがる思いとはこのことだ。

 マジュラスの変身方法について説明し、そのためには一時的に身体中の魔力を放出する必要があることを伝えると、それを聞いたグランパは、なるほどとばかりにうんうんと頷きながら言う。


「出し惜しみせずに魔力を使うことです。後のことなど一切考えず、身体の底から一滴残らず絞り出しなさい。いいですか? 魔力が枯渇して失神することや、よくわからない汗が滝のように流れ出すことがありますが、決して恐れてはいけません。あ、これはまずいかもしれない。そう感じてからが本番です。そこを越えることで、少しずつ魔力量が増えていくことでしょう」


 あとは頑張りなさいと言うように僕の肩を叩くグランパ。

 いや、簡単に言うけど失神だなんだのリスクがあるの、すごく嫌なんですが。


「一応お聞きしますがそれ以外の手段は……」


「あるかもしれませんが、少なくとも私は知りませんね。ただ、私はレプミア史上最高の火魔法使いです。私の知らないことを他の魔法使いが知っているかどうか」


 孫の前で自らレプミア史上最高を名乗っても、一ミリも気恥ずかしそうじゃないのがグランパの強みだと思う。

 普通なら自分で言うなと突っ込むところだが、実際グランパはそれに最も近い存在だったらしいから仕方ない。


「史上最悪の火魔法使い様が仰るならある程度の効果が担保されているでしょうし、今回は素直にお祖父様の知識に縋らせていただきます」


「そうしなさい。まあ、相手はあの最悪のヘッセリンク、毒蜘蛛です。人として破綻しているあの男にレックスがどこまで迫れるか。楽しみにさせてもらいましょう」


 プラティ・ヘッセリンクに人として破綻していると言わしめる男、ジダ・ヘッセリンク。

 それを思うと、パパンってだいぶまともなんだなあ。


【基準が、ね?】


「わかっていたつもりでしたが、お祖父様をして最悪と呼ばれるのだから、ひいお祖父様は相当だったのですね」


 今回その首を狙ううえで歴史書を読み直してみたんだけど、あまり情報が載っていなかったから喧嘩の好きなやばい爺さんというイメージしかない。

 ちなみに、情報が少ないのはもちろんやらかしが少ないからではなく、載せていい情報があまりにも少ないかららしい。


「ええ。私も生前は最悪だの鬼だの悪魔だの人でなしだのと言われたものですが、悪評だけで言えば、数も質もあの人の方が断然上です」


 文書に残せなかったあれやこれやを思い出したのか、グランパの顔が歪む。

 子供達にこんな顔をさせずに済むよう、今後は大人しくするんだと改めて心に誓った。


「鬼、悪魔、人でなしと呼ばれたお祖父様を超えるとは。僕のような穏やかさだけが取り柄の若造はそれを聞いただけで震えが止まりません」


 近い世代の当主方がぶっ飛び過ぎてて、それに比べたら小粒な僕は肩身が狭いね。

 そんな風に自分がノーマルヘッセリンクである悲哀を噛み締めていると、なぜかグランパが炎を投げつけてきたので間一髪ブリッジの体勢で回避する。


「危なっ! 何をするのですか!?」

 

「なぜかつい腹が立って。まあ、安心しなさい。私の見立てではレックスも将来的にはそう呼ばれることことが確定的です。今は、そのなけなしの穏やかさを誇っていなさい」


 そう呼ばれるとは、鬼、悪魔、人でなしってこと?

 僕が?

 ははっ!


「おやおや。孫のことを正確に把握できていないとは困ったお祖父様ですね。僕の穏やかさは、なけなしどころか、有り余るほどですが?」


「笑止」


 OK。

 毒蜘蛛討伐より先に炎狂い討伐といこうか。



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