第699話 対脅威度S
ユミカが我が家の女性陣では長身のエイミーちゃんとガブリエを捕まえてどうすれば身長が伸びるか教えてほしいとせがむのを尻目に、ジャンジャックが興味津々といった表情でマジュラスの腰あたりを指差して言う。
「マジュラスさん。腰に提げたそれは、飾りですか? それとも本物でしょうか」
お腰に提げているのは、金色の鞘。
ショタモードのマジュラスにはない、青年期モードにだけ搭載された装備だ。
問われたマジュラスは美しい動きで剣を抜き、鋒をジャンジャックに向けてみせる。
「このとおり。ミケ兄様のサーベル同様、ちゃあんと主の敵を斬り飛ばすことができるようになっている」
陽の光を受けてキラキラと輝く金色の刀身を、なぜかギラギラした瞳で見つめるジャンジャック。
あの目は最近見たことがあるな。
そうだ。
あれはオドルスキとのヘッドバット合戦の時のあの。
「なるほどなるほど。では」
止める間もなかった。
ニヤリと笑った瞬間、ジャンジャックが剣を抜きざまにマジュラスに斬りかかる。
マジュラスが見た目どおりのただの美青年なら首が飛んで終わりだっただろう。
素人である僕が見てもそう思わざるを得ないジャンジャックの殺気。
しかし、相手は脅威度Sを誇る亡霊王マジュラス。
金色の剣の腹で鏖殺将軍の豪剣を受け止め、そのまま鍔迫り合いを始める。
「なんのつもりだ? ジャンジャック殿。おふざけにしては力が入り過ぎているように思うが」
「はっはっは! 私のような野蛮な人間は、おふざけにも全力を尽くすものなのです、よ」
しばらく鼻と鼻がくっ付くくらいの距離で睨み合う……ではなく微笑み合っていたが、マジュラスが魔獣由来の腕力で押し込むと、潰されまいと後ろに跳んで間合いから離脱するジャンジャック。
「なるほど、あわよくば一撃目で叩き折るつもりだったのですが。流石は脅威度S。一筋縄ではいかないようなので、追加といきましょう」
追加?
と思っていると、観客の列から2メートルクラスの大男が剣を片手に躍り出る。
「いくぞ、マジュラス」
天使のビッグパパ、オドルスキだ。
ジャンジャックと入れ替わるように間合いに侵入し、力を生かして打ち合いを展開した。
さらに、ジャンジャックが死角に回り込もうと動き回る。
前門のオドルスキ、後門のジャンジャック。
この二人が我が家で一番嫌なペアなことに異論はないだろう。
「ジャンジャック殿とオドルスキ殿を二人同時にとなるとやや骨が折れそうだ。しかし、真面目一辺倒のオドルスキ殿までおふざけとは珍しい」
マジュラスが背後から斬りかかるジャンジャックを瘴気で牽制しつつ、オドルスキの鋭い突きをいなしながら笑う。
すると、笑いかけられた聖騎士もニッコリ笑い返した。
「二人同時? まさか」
オドルスキが一際強い打ち込みを見せたのを合図にさらに乱入していくニューチャレンジャー達。
鏖殺将軍、聖騎士に続く三人目は、ポニーテールの黒い死神。
「ようマジュラス。俺達とも遊んでくれよ、な!」
気合いと共にオドルスキを飛び越えたメアリが、マジュラスの頭部に愛用の大振りなナイフを突き込んでいく。
しかし、そんな奇襲もマジュラスは後ろに退がるだけで軽々回避し、ついでにオドルスキとジャンジャックからも距離をとった。
「狂人のしもべ達に次から次へと襲い掛かられるとは、冷や汗が止まらないな。我がごく普通の人間ならとっくに召されているぞ?」
ここまで防御に徹していたマジュラスだったが、攻勢に出るべくメアリに剣を向ける。
「あら、ダメじゃないマジュラス。私の可愛いメアリにおいたするつもりかしら。いくら可愛いユミカの弟分でも、殺すわよ?」
ゆっくりと進みでた四人目は、クーデル。
メアリの横に立つと、ナイフをクルクルと回しながら威圧するように言う。
「それは人の出していい圧力ではないぞクーデル殿。流石はまだ見ぬ第五の属性、愛を司る者だが、甘っと」
口上を途中で切り上げてさらに後ろに跳ぶマジュラス。
少し前までいた地面には、短い刃物が四本突き刺さっていた。
当然のように参戦したガブリエが、投擲したままの姿勢でニヤリと笑ってみせる。
「余所見は感心しないね、マジュラス君。他の女性に目を奪われるなんていけない子だ」
対するマジュラスは、楽しそうに笑うガブリエに向かって呆れたように肩を竦めた。
「この場面で貴女を警戒してないわけがないだろう? ガブリエ殿。貴女のように普段おどけている人間が一番厄介なのだよ、実際」
「評価が高いのは実に光栄だけど、こんな白塗りに仮面を被った怪しい人間相手なんだから少しは油断しておくれよ」
「ヘッセリンクの家来衆相手に油断するほど阿呆ではないさ」
ガブリエが髪をかきあげながら目を細め、マジュラスは油断なんかしないとばかりに首を横に振る。
「ガブリエの姉ちゃん相手なら警戒一択なのは間違いねえけど、しっかし、硬えなあ。この面子で掛かっても揺らぎもしねえかよ。流石は脅威度Sってか?」
ジャンジャック、オドルスキ、メアリ、クーデル、ガブリエ。
フィルミーとステムを除く戦闘員全員で掛かってもマジュラスの余裕を崩せていないことに、メアリが顔を顰める。
「ジャンジャック殿が意味もなく襲ってくるのはなんとなく理解できるが、他の先輩方も示し合わせたように次々と」
「言われていますよ師匠」
マジュラスの言葉を受けて、見学を決め込んでいたフィルミーがジャンジャックに野次を飛ばすと、野次られた師匠は怒るでもなく余裕のサムズアップで弟子に応える。
「そんなに褒めても何もでませんよ? さて、マジュラスさん。まあ、これが何かと言われたら実地訓練ですね。貴方のような、意思疎通ができ、かつ全力でぶつかっても壊れない存在は貴重ですから」
そんな鏖殺将軍の言葉に、亡霊王が勘弁してくれとばかりに眉間に皺を寄せた。
「突然始めた割には連携が完璧だったし、なにより全員が高い殺意を兼ね備えていたように感じたが?」
「訓練だからこそ本気で取り組む。そうすることで本番でも成果を残すことができるのです。本当なら定期的に付き合っていただきたいのですが……」
そう言いながら、なぜか残念そうな視線を僕に向けてくるジャンジャック。
マジュラスも同様に僕を見ながらため息をつく。
「我は構わないが、主の負担が馬鹿にならないぞ。見ろ、今も足がプルプルだ。それに」
そこまで言ったところで時間が来たらしい。
今回もぽんっと可愛い音を立てたかと思うと、騎士服の美青年が王子様ルックの男の子に変身した。
「そう長い時間あの姿でいることはできんのじゃ。訓練に付き合うには、不向きと言わざるをえんじゃろうな」
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