第698話 大きくなーれ
翌朝。
マジュラスのニューフォームお披露目を行うべく、家来衆全員に屋敷前の庭に集合してもらう。
「全員揃ったな」
僕がみんなを見回しながら言うと、ハメスロットが家来衆を代表して進み出た。
こういう場では力のジャンジャックではなく技のハメスロットが主導権を握るのが家来衆ルールらしい。
「何事ですか、伯爵様。緊急で全員集合を指示される時は、そのほとんどが良からぬことが起きた時なのですが」
これまでの緊急招集=氾濫や国外遠征の前フリだったからね。
それを考えれば集まったみんなの空気がステムとガブリエを除いて若干ピリついているのも頷けるが、今回は誰かが命懸けで解決に取り組んだりする必要はない。
「そう警戒するなハメスロット。良からぬことどころか、喜ばしいことが起きたためみんなに周知しておこうという趣旨だ。そうだな? マジュラス」
事前にスタンバイさせている今日の主役、マジュラスに話を振ると、もちろんというように満面の笑みで頷いてみせる。
「驚かせることはあっても、先輩方に迷惑をかけることは多分ないから安心してほしいのじゃ」
「マジュラスが言うなら心配ないんじゃね? 兄貴だけなら話聞き終えるまで気い抜けねえけど」
ヘイ、メアリ。
その言い分だと僕への信頼度が不当に低いように感じるんだが、気のせいかな?
【気のせい気のせい】
ならいいいか。
「実際見てもらった方が早いからな。早速やってしまおう。いくぞ、マジュラス」
僕がマジュラスの頭に手を置くと、マジュラスがタネも仕掛けもないと言うように開いた両手を前に出しながら、何が起きるか見守る家来衆達に語りかける。
「では、ほんの一瞬じゃからな。瞬き厳禁じゃぞ?」
レッツ、イリュージョン♪
昨晩に続き、身体中の魔力をマジュラスに送り込む。
いやあ、昨日は魔力が回復するかな? なんて不安がよぎったけど、一晩寝て起きたら全回復ですよ。
まるでRPGの主人公のような体質に感謝しつつどんどん魔力を注いでいくと、昨晩同様変身シーンが始まる。
そして、十秒も経たないうちに漆黒の靄の中からマジュラス青年が姿を現した。
「……師匠。どう思われますか?」
見知らぬ美青年の登場に家来衆達が静まり返るなか、当社比では常識人カテゴリーに君臨するフィルミーが、非常識カテゴリー代表のジャンジャックに問いかけた。
「目の前で起きたことをそのまま言語化するならマジュラスさんが大きくなった、ということでいいのでは? 理屈ですか? 考える方が馬鹿馬鹿しい。なぜなら、それを為したのがレックス・ヘッセリンクその人なのですから」
「つまり、深く考えても仕方ない。あるがままを受け入れろ、と」
師匠の何もかもぶん投げたような答えを聞いたフィルミーは、呆れるでも不満を表すでもなく真剣な表情で頷くと、居並ぶ同僚達に向かってパンパンッと手を鳴らす。
「みんな聞いたな? 筆頭殿からのありがたい金言だ。あの青年はマジュラス。理屈はわからないがあのレックス・ヘッセリンクが絡むなら我々は受け入れるのみ。その方向で行くとしよう」
師匠が雑なら弟子も雑だ。
そんな説明で聡明な我が家の家来衆達が納得する訳ないじゃないか。
と思った僕はやはり甘かったらしい。
なんと、全員それで納得したように笑みを浮かべ、成長したマジュラスに話しかけ始めたではありませんか。
ヘッセリンクだからって言葉、あまりにも万能すぎない?
【残念ながら、今回は『レックス・ヘッセリンクだから仕方ない』にバージョンアップされています】
認めません。
家来衆達の声掛けが済むなか、最後に残ったのは我が家の天使ユミカだった。
美しく整ったマジュラス青年の顔を黙ったままじっと見つめていたが、アリスに背中を押されて弟分の前に進み出ると、高い位置にある顔を見上げる。
「……ほんとにマジュラスちゃん?」
その言葉を聞いたマジュラスが、地面に膝をつき、姉貴分に視線を合わせて答える。
「ああ。我は本当にマジュラスだ、ユミカ姉様」
「エリクスさん。あのやりとり、違和感が凄いんだけど」
目の前の二人はどう見てもマジュラスがお兄ちゃんでユミカが妹だからね。
しかし、デミケルにそう問われたエリクスは、メガネを押し上げながら後輩に向かって首を横に振る。
「気持ちはわかるけど、マジュラス君の中身が変わっていないなら二人の関係性も姉と弟のままだと思う。そうだよね? マジュラス君」
エリクスから送られたパスを受けて、マジュラスが顔いっぱいに笑みを浮かべてユミカの手を握った。
「まさにエリクス殿の言うとおり。見た目は成長したが、これまでどおり我はユミカ姉様の可愛い弟だ。それとも、大きな弟は嫌かな?」
「むー。嫌じゃない。マジュラスちゃんはずっとユミカの弟だよ! でも、一人だけ大きくなるのはずるい!」
頬を膨らませて可愛い抗議を見せるユミカにほっこりする大人達。
しかし、次に天使の口から飛び出た言葉に、全員が戦慄することになる。
「そうだ! ユミカもお兄様の召喚獣になったらすぐに大きくなれるかな?」
その発想はなかったなー。
いや、大きくなるために召喚獣になりたいって。
まったく予想していなかった言葉に動揺してエイミーちゃんに視線を送ると、こちらも動揺しているのか、ブンブンと首を振られた。
そんな混乱のなか、我が家のもう一人の召喚士がユミカのもとに歩み寄り、ぽんっとその肩を叩く。
おお、ステム。
召喚士として、何か有用な言葉を我が家の天使にかけてやってくれたまえ。
「ユミカを召喚獣にできるなら、命を賭して修行に励む」
よし、期待した僕が馬鹿だった。
速やかに戻ってこい。
「なんて、冗談。ユミカ、召喚獣にはしてあげられないけど、貴女は少しずつ成長すればいい。修行を続けていれば、いずれ嫌でも大きくなる」
我が家の成人組では最も小柄なステムから押された太鼓判だったが、嘘のない真摯な言葉はユミカに刺さったらしい。
縋るようにステムに抱き付くと、こう尋ねた。
「……ほんとに? お義父様やデミケル兄様みたいに大きくなれる?」
そんな天使の質問を受けたステムは、ニッコリと微笑むとなぜか僕に視線を向けてくる。
「伯爵様。あとはよろしく」
ここでパス!?
とんでもないタイミングでボール離しやがった!
ほら、ユミカがキラキラした目でこっちを見てるじゃないか!
長身の女性はとてもカッコいいと思うが、筋骨隆々のユミカは流石に解釈違いだ。
どこか他にパスの出しどころは……、おかしい。
全然みんなと視線が合わない。
両親だけじゃなく、ジャンジャックまでアイコンタクト拒否の構えとなると詰んだも同然。
かくなるうえは、やむなし。
「あー、この世に不可能はないと言うし、今の時点で絶対無理とは言わないでおこう。うん。エイミーやガブリエでも女性としては十分長身だ。まずはそこを目指してはどうかな?」
なんともあやふやな答えで煙に巻き、未来の僕と家来衆達に事後の対応を押し付けると、ユミカが弾けるような笑顔で頷いてくれた。
「うん! じゃあ、エイミー姉様とガブリエ姉様の背を追い越したら、お義父様の背を追い越せるよう修行を頑張るね!」
近い将来、オーレナングに2メーター級の天使が降臨するかもしれない。
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