第697話 青年期
ヘッセリンク色の騎士服と漆黒のマントを纏った青年が爽やかな笑みを浮かべて僕を見つめてくる。
「これは驚いた」
僕が目を見開いてまじまじと見つめ返すと、マジュラス青年がジャンジャックがよくやるように芝居がかった動きで両腕を大きく広げながら言う。
「そうだろう? 正直我も驚いているが、流石は主と言っておこう。魔力の量と純度が以前とは段違いだ。もちろんそれを受け入れる我の容量も増えているからこそのこの姿ということだろうがな」
うん。
大きくなった原理とかはきっと色々あるんだろうけど、驚いたのはそこじゃない。
「いや、えらく男前に仕上がったものだ。丸っこくて可愛かったあのマジュラスがなあ」
我が家で男前と言えばメアリが筆頭だが、負けず劣らずの顔面だ。
元々の可愛らしさを考えれば不思議ではないんだけど若干。
そう、若干だがその爽やかさは僕を上回っていることを認めざるを得ないかもしれない。
【さ、涙を拭いて】
く、悔しくなんかないんだから!
「おやおや。子供の姿のほうがいいかな?」
「いや、見た目だけの話だ。中身や記憶がお前のままなら問題ないさ。それはそれとして。体調に支障は?」
なんたって、自他ともに認める魔力タンクな僕の魔力を全部譲り渡したんだ。
魔力の過剰摂取で調子を崩したりされたら困ってしまう。
「今のところ、何もないな。そもそも召喚獣に体調という概念があるかわからないが……むしろ気分は悪くない」
黒い手袋に包まれた手をニギニギさせながら言うマジュラス。
その表情からも特に問題はなさそうに見える。
「それはよかった。膝が震えて立っているのがやっとの状態まで魔力を受け渡したんだ。もちろん、普段の姿よりも強いと思っていいのかな?」
魔力タンクが空っぽの僕は机に手をついてなんとか立っている状態だ。
そこまでやって見た目が変わっただけなら、封印せざるを得ないがどうだろう。
「試してみないと正確なことはわからないが、期待に応えられると思う。瘴気の扱いはもちろん、ゴリ丸兄様やミケ兄様のように前に出ることも可能なはずだ。これ、このとおり」
王子様ルックのマジュラスにはなくて、青年マジュラスにはあるもの。
それが、剣が納められているであろう金色の鞘。
亡霊王が唇を吊り上げて笑いながら鞘をぽんっと叩く。
「なるほどな。できれば明日にでも森でどの程度のものか試したいものだが……」
その力をどう確認すればいいものかと考えていると、突然鈍く光る銀色がマジュラスを襲う。
素早く飛び退って回避する亡霊王。
背後の壁に深々と突き刺さったのは、一本の短刀だった。
投擲の主は我が家の子供達のアイドル、道化師のガブリエ。
音もなく部屋に入ってくると、僕とマジュラスの間に立って油断なく刃物を構える。
「こんな夜更けになんの用事かな? お客人」
「いきなり危ないな」
騎士服の青年が質問に答えず抗議するように肩をすくめると、おまけとばかりに再び短刀を放る道化師。
右手で刃物を構えながら空いた左手で狙いどおり相手の眉間を狙う技術は流石の一言だ。
最近はユミカにジャグリングを教えるついでにこの投擲技術も仕込んでいるんだとか。
ただ、相手もさるもの。
高速で迫る短刀を慌てず騒がず人差し指と中指で挟んで止め、床に落としてみせた。
やだ、かっこいい。
「まったく衝撃だよ。こんなところまで入り込まれるなんて。このままだと明日は怖いおじさん方にお説教されちゃうかな。ステム!」
「承知。出なさい、ボークン」
ガブリエが同僚の名を叫ぶと、部屋の外で様子を伺っていたらしい小さな召喚士が相棒を喚ぶ。
執務室のふかふかの絨毯に着地したもふもふの熊さんが、主の指示に従って僕を守るようにガブリエの隣に立った。
「お二人とも話を聞いてほしいのだが」
降参とばかりに両手を上げるマジュラス。
しかし、腰に剣を提げ、ガブリエの投擲を軽々避けてみせた見知らぬ青年は、二人の目には敵にしか映らないらしい。
「あとで話を聞くのが上手なおじさん達にたっぷり聞いてもらったらいい。目標、不審者。喰らえ」
ステムが魔力を注ぐと、まふっ! とひと鳴きしたボークンがマジュラス目掛けて襲いかか……らなかった。
「……ボークン? どうしたの?」
ステムの問いかけに戸惑ったように首を傾げた銀毛の熊さんは、油断なくそろそろとマジュラスに近づくと、その匂いをクンクンと嗅いだあと、一つ頷いてきゅっと抱きしめる。
「あっはっは! 流石はボークン殿だ。召喚獣同士、我が誰かわかってくれたか」
熊さんにハグを返しながら嬉しそうに笑い声を上げるマジュラス。
「我? ボークン殿? 召喚獣? ……嘘」
わからないわけないだろう? というように親しげにマジュラスの頬を舐めるボークンを信じられないように見つめながらステムがつぶやく。
ガブリエもその呟きでようやく青年の正体に気づいたらしく、珍しく驚いたように目を丸くしていた。
「遊ぶなマジュラス。すまないステム、ガブリエ。そういうことだ」
「君、本当にマジュラス君かい? 何を食べたらそんなに大きくなるんだい? あんなに小さくて可愛かったのに、お姉さんは残念だよ?」
ガブリエの質問攻めに、ボークンにハグされたままのマジュラスが笑いながら答える。
「何を食べたかと言われたら、主の魔力全てだな。腹一杯になったらあら不思議。このとおり絶世の美青年に成長したというわけだ」
「まったく人騒がせ」
ステムが呆れたように腰に手を当てて、早く言えよとばかりにマジュラスを睨む。
二人が入ってきたタイミングで教えなかった僕も同罪なので、素直に二人で頭を下げておく。
家来衆としての二人の行動になんら瑕疵はない。
というか、僕を守ろうとした真っ当なものなので、ポケットマネーから時間外手当を出そう。
刃物が刺さって穴が空いた壁は……、サクリの書いた絵でも貼っておけばきっと誤魔化せるはずだ。
「二人はこんな時間に何をしていたんだ?」
夜中とは言わないまでも、明日に備えて寝ていてもおかしくない時間だ。
「姫様への祈りの時間が終わったからガブリエを誘って一杯飲もうと思って」
他国からやってきた同性の戦闘員同士という共通点だけではなく、リセやユミカに慕われて最近は姉ポジションにいるけど元々は甘えたいタイプのステムと、年下に優しく甘やかす癖のあるガブリエは相性がいいらしい。
「たまに二人で飲むんだけど、誘われて食堂に向かっていたらステムがこの部屋から強い魔力を感じるって言い出してね。慌てて駆けつけたってわけさ」
放った短刀を回収しながらガブリエが言う。
「マジュラス。ややこしくなるから明日にでも家来衆にお披露目するがいいな?」
今日みたいな行き違いのせいで誰かが怪我をしたら目も当てられないからね。
僕の提案にマジュラスが頷き、口を開こうとしたその時。
ぽんっという気の抜けるような音と共に青年が姿を消し、見慣れた王子様ルックのマジュラスが戻ってくる。
「ふむ。魔力が抜けてしまったようじゃ。ずっとあのまま、というわけにはいかないようじゃのう」
どこか残念そうな口調でそうこぼしつつ、首を振ってみせる亡霊王だけど、やっぱりこっちの姿のほうが安心するわけで。
ついついその柔らかな髪の毛をわしゃわしゃと撫で回してしまう。
「まあ、なんにせよお披露目はしておくべきじゃろうな。くっくっく、ユミカ姉様の反応が楽しみじゃ」
楽しそうなところ悪いが、ユミカが悲しい顔をしたら青年期マジュラスを永遠に封印することをここに宣言します。
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