第696話 変身

「というわけなんだが、どう思う?」


 かくかくしかじか。

 毒蜘蛛討伐を計画するに至った経緯や、メアリからの熱いエールについて事実に沿って説明していく。

 聞き手は、キュートなインテリジェンスモンスターこと亡霊王マジュラス。

 召喚術を伸ばすなら召喚獣に直接聞いてみようということで、喚び出して話を聞いてもらっている。


「久しぶりに喚ばれたと思ったら、とんでもないことになっておるのう」


 相変わらず可愛さ全振りの王子様ルックで机の上に腰掛け、足をぶらぶらさせながら苦笑いを浮かべるマジュラス。

 

「そうか? よくある身内の喧嘩の延長線だろう」


 とんでもないのはひいおじいちゃんの戦闘欲だけであって、あとはなんてことのない、よくある曽祖父とひ孫の殴り合いでしかない。


【よくあるわけもなく】


 我が家では比較的よく見られる風景だけど、どうやらマジュラスもコマンドと同じ感想らしく、やれやれといった風に首を振ってみせる。


「身内の喧嘩で召喚獣をけしかけることなんか普通ないのじゃ。まあ、我は身内に軍を差し向けられたことがあるがのう」


 呆れているのかと思いきや、笑えない情報を口にする亡霊王。

 内容が内容なだけに茶化すこともできず、今度はこちらが肩をすくめる羽目になった。


「とんでもないことを。というか、それは教えてもいいことなのか?」


「別に隠しておらんしな。我の生まれた国は昔々の軍事国家じゃが、父は俗に言う愚王の類だったらしくてのう。最終的には叔父やらなんやらの手引きで四方から侵攻してきた周辺国家に国ごと潰された。それだけの話じゃ」


 めでたしめでたし、と言って笑うマジュラス。

 もちろん何一つめでたい要素はない。

 これ以上深掘りすると知らなくていいことを知ってしまいそうなので、この話題を即切り上げる。


「よし、やはり聞かなかったことにしよう。規模感が違いすぎて、お前の話と比べれば僕と毒蜘蛛様の関係など良好にすら思えてくる」


 ただの身内の喧嘩に巻き込んでごめんよプリンス。

 僕がこの話題からの撤退を選択したことが伝わったようで、マジュラスがケラケラと笑いながら机からピョンっと飛び降りる。


「それで、なんじゃったか。ああ、毒蜘蛛殿に勝つためにどうすればよいか、か。単純に、主が出し惜しみなしの全力で魔力を注いで我らを動かせばなんとかなるのでは?」


 戦術、魔力タンクでゴリ押し。

 まあ、普通に考えればそうなるし、むしろ一番にそれを考えなければ嘘だろう。

 頭突き?

 ちょっとしたお茶目さ。

 ただ、懸念がないわけでもない。


「なんせ理屈じゃないからな地下のお歴々は」


 あの人達を相手にしたら、普通に考えれば通るはずの最善手が最善じゃなくなる可能性がある。

 安易に魔力量に物を言わせたムーブを選択した結果、通用しませんでしたではお話にならない。

 マジュラスも僕の懸念を笑い飛ばすことができなかったようで、顎に手を当てながら目を瞑る。


「……まあ、祖父殿からしてアレじゃからのう。我も亡霊王などという肩書きをもっておるが、分類的にはあの方々も十分亡霊王じゃ」


「死してなお生き続けるうえに意思をもち、生前の力を維持し続けている、か。まさか、成長などしていないだろうな」


 自分でその可能性に思い至って背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「主のために否定してやりたいが、材料がない。なんせ我ら召喚獣すら成長させるのがヘッセリンクじゃ。その当主を務めていた化け物達が、死んだくらいで成長を止めるかのう」


 否定してやりたいと言いながら、それはもう肯定でしかない。

 何が嫌だって、ひいおじいちゃんあたりは誰よりもストイックに腕力と向き合っていそうなところだ。

 

「身内が厄介過ぎる。これでは僕が生きているうちに追いつけるかどうかも怪しい。それならなおのこと、勝てないまでも顔面に一発入れてやりたいところだな」


 メアリに隠れてやっぱりヘッドバットを極めるか?

 いや、ダメだ。

 一歩間違ったら弾け飛ぶんだった。

 

「悩んでおるのう。よし、ものは試しじゃ。我に全力で魔力を注いだらどうなるか。やってみるがよい」


 頭を抱える僕にマジュラスが実に軽い調子で提案しつつ、カモンとばかりにクイクイッと手招きする。


「ジャルティクの城を染めた時にそれに近い状態だったと思うが?」


「言ったじゃろ? 我らも成長していると。もしかしたら、面白いことが起こるかもしれないのじゃ。もちろん何も起きない可能性のほうが高いがのう」


 言葉どおり、ものは試し、か。

 魔力がタダなことを考えれば、リターンの大小はともかくノーリスクであることは間違いない。

 というわけで、夜の執務室でマジュラスの頭に手を置き、正真正銘足腰立たなくなるレベルの全力で王子様に魔力を注ぎ込んだ。

 魔力が足りないと巨大な骨格標本。

 魔力が満ちれば子犬系王子様。

 では、魔力が溢れたら?

 マジュラスを中心に濃く深い靄が発生して彼の姿を覆い尽くすと、複数回怪しく胎動したあと音もなく漆黒が弾け飛ぶ。

 そして、靄の中から僕より少し背の低い、細面の若い男が姿を現した。

 

「なるほど、こうなったか。これはこれで面白い。そう思わないか、主」


 やや高めの声で僕を主と呼ぶ、濃緑色の騎士服と漆黒のマントを身に纏った謎の人物。

 いや、謎でもなんでもない。

 正体はわかりきっているけど、念のために誰何してみることにする。

 

「あー、一応聞くが、どなた様かな?」


 間の抜けた問いかけに対して返ってきたのは、優雅さと気品を兼ね備えた美しい礼。

 そして、ゆっくりと顔を上げた男が、ハイトーンボイスでこう答えた。


「我は亡霊王マジュラス。主レックス・ヘッセリンクの召喚獣が一体だ。改めてよろしく、主」


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