第695話 練り直し
王太子達が帰って行った翌日の朝から早速森に入り、ジャンジャックを講師とした『誰でも簡単! 頭突きスキル修得講座』を受講する。
ジャンジャックの指導方針は、一に実戦二に実戦、三、四も実戦、五以降も全部実戦という、『理論? 洒落臭え! 半人前は身体で覚えろ!』というものだった。
もっと踏み込みがどうとか、打ちつける頭の角度がどうとか、色々叩き込まれることを期待したんだけどなあ。
慣れない動きに四苦八苦しながら初日の講座を終えて屋敷に帰ると、珍しく怪我だらけの僕を見て悲鳴を上げたエイミーちゃんに、包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。
「世間的には世にも恐ろしいってことになってるオーレナングの森の魔獣相手にノリノリで頭突き食らわし続けた結果、額をぱっくり割って帰ってきた伯爵様がいるらしいぜ?」
ほぼミイラ男の状態で夕飯を終え、執務室で討伐報告書を作成していると、同じく怪我だらけながらこちらは丁寧な治療を施されたメアリが入ってきて呆れたような声で言う。
誰だよその愚か者は。
僕だねその愚か者は。
「呼んだか?」
軽い調子で手を振って答えてやると、がっくりと肩を落とした後、つかつかと近づいてきて僕の両肩をがっちりと掴んでくる弟分。
何かな? と思った次の瞬間、メアリの大声が執務室中に響いた。
「色々言いてえことはあるが、あんた召喚士だろ!? なんでいざとなったらまず肉弾戦に持ち込もうとするんだよ!! ちっとはおかしいと思わねえかな!?」
召喚士なのになぜ肉弾戦に持ち込もうとするのかだって?
そんなの聞かれるまでもない。
ほら。
ね?
だからあれだ。
……おや?
「言われてみれば、確かに」
頭に血が上ったまま、怒りに任せて『あんたの顔面にヘッドバット食らわせてやるからなあ! 覚悟しとけよオラア!』ってテンション振り切ってたけど、そういえば僕、召喚士だったっけ。
「盲点だった! じゃねえのよ。直前で爺さん達の手合わせみてたからその流れなんだろうけど、まじで頼むぜ。俺がきっかけだってのはわかってるしそのこと自体はありがてえんだけど、それで怪我とかほんとにやめてくれ」
メアリが肩を掴んだまま僕の目を見ながら懇願するように言う。
おっと、これはいけないな。
「この怪我自体はジャンジャックから見込みありと褒めてもらって調子に乗った僕が悪いのだから、お前が責任を感じる必要はない。いやあ、脅威度は低めとはいえ竜種の鼻面は流石に硬過ぎたな。はっはっは!」
額がぱっくり割れた理由。
それは、偶然出くわしたアサルトドラゴンの硬い鼻面目掛けて頭突きを敢行したから。
ちょっと考えたらやばいとわかることなのに、アドレナリンが出過ぎておかしくなっていたのかもしれない。
「大人しくスプリンタージャッカルあたりで手えうっとけよ。いや、ガブリエの姉ちゃんもその場にいたんだろ? 笑ってねえでなんとか言えって」
僕とメアリのやり取りを聞きながらケラケラ笑っていた護衛役のガブリエにメアリが噛み付くと、レディピエロは笑みを浮かべたまま軽く首を傾げた。
「そうだなあ。私から言うことがあるとすれば。踏み込みは非常に素晴らしかったよ。度胸満点で躊躇いがないから、きっと普通の人間なら怖いだろうね。ただ、当てる瞬間に目を閉じる癖があるみたいだ。そこは、ギリギリまで当てたい部分を見ていた方がいいと思う」
「目を閉じる、癖……?」
「気づきを得てんじゃねえよ馬鹿兄貴。ガブリエの姉ちゃんも余計なこと言うな。いいか? 毒蜘蛛の爺さんに挑むにしても、肉弾戦以外で頼む。そもそも兄貴は体力あるけどとりたてて打たれ強えわけでもねえだろ。迂闊に踏み込んだら、その瞬間弾け飛ぶぜ?」
真剣な目をしながら、痛いくらいに肩を掴む手に力を入れるメアリ。
「痛い痛い! まったく、そんなに力を込めて。一体なにが弾け飛ぶというんだ?」
「あ、た、ま、だよ」
僕の問いに、やけにねっとりとした声色で答えるメアリ。
直近でその実力を体験したばかりの弟分のリアルな忠告。
怖すぎる。
よし、一旦撤退。
「やはり召喚士としての腕を磨いたうえで、ひいお祖父様に挑むことにするか。それが勝利への一番の近道かもしれない」
「しれないじゃなくて、間違いなくそうだから。ほんと、無駄に竜種に頭突きくらわせて怪我しただけって。アルテミトスのおっさんやカニルーニャの親父さんに聞かれたら大目玉だろ」
この情報を漏らした場合、厳しい処分が下るだろうと家来衆に周知徹底しなければ。
表情を引き締めつつ胸中でガッチガチに保身に走る僕に、メアリが言う。
「そんな簡単なことじゃねってわかってて言うんだけどさ。兄貴が毒蜘蛛の爺さんの顔面に頭突き叩き込める可能性よりも、新しい召喚獣喚ぶのに成功する可能性の方が高えんじゃねえの?」
新しい子が増えるのはもちろん大歓迎だけど、こればかりは神のみぞ知るというやつだ。
自分の意思で今だ! というわけにはいかない。
「まあ、なんにしても一か八かの賭けにでて倒せるほど、毒蜘蛛様は甘くないか」
「それがわかってて、なんで頭突き叩きこうもうなんて一か八かの賭けに出ようとしたのか、教えてもらえますかねえ?」
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