第694話 構想
「お帰りなさいませ伯爵様。いかがなさいまし……メアリちゃん!? これは一体」
毒蜘蛛討伐という必達目標を胸に鼻息荒く戻ってきた僕を出迎えてくれたアリス、イリナ、リセのメイド陣が、ガストン君に背負われた傷だらけのメアリを見て息を呑む。
「すまないアリス。メアリの服がボロボロなのは地下に棲む人型魔獣の仕業だ。やむを得ないことだと心得てくれ。その代わりオドルスキについては好きなだけ絞ることを許可する」
メアリとの約束を果たすべく服がボロボロの件を庇おうとすると、それを聞いたアリスが腰に手を当て、呆れたように目を細めた。
「流石にその状態のメアリちゃんに対してどうこう言うつもりはありません。すぐに手当をしましょう。ガストン様。申し訳ございませんがそのまま運んでいただいても?」
「もちろんだメイド長殿」
素直に頷いたガストン君がメアリを背負い直し、もう少しの辛抱だと声をかけてやる。
申し訳ないけどメアリをお願いします。
「リセ。ジャンジャックに僕の部屋に来るよう伝言を頼む。最優先だ」
「はい!!」
僕の指示を受けて元気よく返事をしたリセが、素早く身を翻して屋敷の奥に駆けて行く。
ジャンジャックを呼ぶ理由?
我が家で一番喧嘩が強いからですね。
毒蜘蛛攻略にあたっては、筆頭家来衆であり、僕の爺やであり、さらにはヘッセリンクの誇る暴力の権化たるジャンジャックに協力を求めるのが最も合理的だと判断した。
「イリナ。殿下達を食堂にご案内してくれ。殿下。申し訳ございませんが、身内のクソジジイの顔面を凹ませるという用事ができました。お見送りできないことをお許しください」
僕が頭を下げると、王太子が珍しいものを見るような目でこちらを見ていることに気づいた。
何か? と首を傾げると王太子が言う。
「驚きました。ヘッセリンク伯もそのように怒ることがあるのですね」
「人並みに喜怒哀楽はあるつもりです。殿下は、人間臭いヘッセリンクはお嫌いですか?」
喜怒哀楽の喜と楽しかないキャラクターってかっこいいよね! とは思うけど、残念ながら僕は人より若干爽やかなだけの、どこにでもいる一般成人貴族でしかない。
怒りもすれば涙も流すわけです。
「親近感が湧くとだけ。健闘を祈ります」
王太子のエールを受けた僕が部屋に戻ると、すぐにリセを伴ったジャンジャックがやってきた。
爺やは、入室してくるなり先ほどの王太子と同じような表情でこちらを見つめてくる。
「おやおや。わかりやすく不機嫌でいらっしゃる」
肩をすくめつつも、どこか楽しそうにそんなことを言うジャンジャック。
「殿下にも言われたが、そんなにか」
「そんなにでございます。さて、早速お話を伺いましょう。今回はどこを攻め落とそうと仰るのでしょうか。いえ、どこであろうと構いませんが、先鋒はもちろんこの爺めにお任せいただけるのでしょうな?」
ストップ爺や。
僕が不機嫌な顔をしているだけで、どこかの国に攻め込むと思われているのは甚だ遺憾です。
そもそも、他国を攻め落とした事実などない。
確かに北を除く三方にお邪魔したことはあるけど、いずれも元気に国家運営が行われている。
……行われてるよね?
森の向こうにあるバリューカって、今どうなってるんだろう。
王子様とお姫様は上手くやれてるだろうか。
と、今は置いておこう。
「興奮するなジャンジャック。地下から帰ってきた瞬間、僕がどこかしらに侵攻を企てていたなら、頼むから全力で叱ってくれ」
それを止めるのが貴方達の役目ですよ?
くれぐれもノリノリで背中を押したりしないように。
「それはそれとして。メアリの仇討ちがてら毒蜘蛛の討伐を行うことに決めた。力を貸してくれ」
今回企んでいるのは、単純に身内同士の殴り合いだ。
ただ、その身内が魔獣よりよっぽど魔獣してるからタチが悪い。
僕の言葉を聞いたジャンジャックは、ほんの一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに顔一杯に笑みを浮かべる。
「ほうほう。それはそれは。とてもとても楽しそうな催しではないですか。惜しむらくは、爺めが参戦する余地がなさそうな点ですが」
「悪いな。当代ヘッセリンク伯爵として。メアリの兄貴分として。今回は僕自身の手で毒蜘蛛に地面を舐めさせなければならないんだ」
「お気持ちは理解いたしました。それで、爺めはどのようにご協力させていただいたらよろしいのでしょうか?」
僕の気持ちはわかったとばかりに頷くジャンジャック。
話が早くて助かるね。
僕の中では、地下から屋敷に戻ってくる間に対毒蜘蛛戦の構想は練り終えている。
「ああ。とりあえず、最短距離で相手の顔面に頭突きを叩き込む手段を教えてくれ。あのニヤケ面に、渾身の一発を叩き込む」
狙うは開幕ヘッドバット。
その後?
……流れで。
【全く練り終えてない件。新しい召喚獣などは……いえ、大丈夫です】
何はなくともあのバーサーカーに一発喰らわせる。
まずはそこからだ。
ジャンジャックも僕の考えに同意するよう深く頷いた。
「承りました。爺めがこの身に修めた頭突きの技術をレックス様に伝授いたします。多少厳しい指導となりますが、その旨ご承知おきください」
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