第693話 ナチュラルボーンバーサーカー

 死んだはずの炎狂いを目の前にして混乱が収まっていない様子の三人だったけど、いつまでも温泉に浸かっているわけにもいかないので屋敷に戻ることを提案する。

 戸惑いながらも素直に温泉から上がってくれた殿下達にホッとしつつ、屋敷に戻る前に大事な用事を済ますため、全員で最奥の部屋へ向かった。

 普段、ご先祖様達との殴り合いの舞台となる広い空間。

 大事な用事イコール毒蜘蛛様に捕まったらしいメアリのお迎えだったんだけど、部屋のど真ん中に大の字で倒れている弟分が視界に入った瞬間、名前を呼びながら全力で駆け寄る。

 よかった。

 相応の傷を負ってはいるけど、胸はしっかり上下している。


「よし、無事だな? メアリ」

 

 そう語りかけると、弟分がゆっくりと目を開き、掠れた声で言う。


「無事に見えるなら、節穴過ぎるだろ。くそっ、完全に貧乏くじだ。服ボロボロなのは兄貴からアリス姉さんに説明してくれよな」


 あの毒蜘蛛に挑んで原型を留めているなら、それはもう無事以外の何ものでもないし、それだけ憎まれ口を叩けるなら問題ない。

 逞しくなったね、メアリ。


「任せておけ。戦闘狂のジジイに捕まった挙句、帰ったらアリスの雷をくらうなんて、そんなに可哀想なことがあってたまるか」


 そう請け負いながらメアリを抱え上げようとすると、誰かが部屋に入ってきた。


「お? なんだ小僧。お前も来てたのかよ。どうだ、軽くやってくか?」


 ひいおじいちゃんこと、『毒蜘蛛』ジダ・ヘッセリンクだ。

 僕の顔を見るなり満面の笑みを浮かべ、シャドーボクシングをしながら一杯やってく? 的なテンションで尋ねてくる。

 ふーん。

 うちの可愛い弟分こんなにしといてそんな感じなんだ。

 へー。


「いいでしょう。仕事中の家来衆を趣味で足止めした挙句、反省の色も見えないような老人には、当代伯爵として灸を据える必要がありますので」


 ボッコボコにしてやるよバイオレンス爺い!

 一気に魔力を練り上げると、それを感じ取ったらしいひいおじいちゃんが一層笑みを深めて距離をとる。


「いいねえ! できるもんならやってみな!」


 上等だ。

 全力極太ウインドアローをぶちかましてやる。

 しかし、いざ射出しようとした直前、それを止めるよう強い力で肩を掴まれた。


「落ち着きなさいレックス。お客様の時間があるのでしょう?」


 振り返ると、グランパが呆れたような表情で王太子達を指差す。

 あ、そうだった。

 

「なんだ、やらねえのか?」


 僕が魔力を錬るのをやめたのを察知した毒蜘蛛さんが、構えを解きながらつまらなさそうに言う。


「残念ですが、それこそ今日はひいお祖父様のせいでだいぶ立て込んでおります。この続きはまた後日、必ず。それまで首を洗って待っていてください」


「おうプラティ。お前の孫、なかなかいい目

するじゃねえか!」


 取り柄の爽やかさを捨てて睨みつけたつもりったんだけど、生粋の戦闘狂ともなるとそんな反応になるのか。

 この人と比べると、ジャンジャックがだいぶ可愛く感じるな。


「黙りなさいクソジジイ。 あまりなことをすると、ひ孫に嫌われますよ?」


 実父の反応を受けて、顔を顰めながら心底嫌そうに言うグランパ。

 しかし、ひいおじいちゃんはキョトンとした顔で、首を傾げる。


「あん? 嫌われる? なんでだよ」


 生粋の戦闘狂ともなると、以下略。


「レックス諦めなさい。こういう男なんです。ああ、一応貴方達にも紹介しておきましょうか。こちら、私の実父でジダ・ヘッセリンクです。父上。こちらは王太子殿下とレックスの友人達です」


 王太子がいると聞いたら流石に多少かしこまるのかと思ったらそんなこともなく。

 ひらひらと手を振りながら面倒くさそうに言う。


「ああそうかい。ま、なにもねえ場所だが、楽しんでいってくれや。おう小僧。いつでもかかってこいよっとう」


 ヘラヘラと笑う毒蜘蛛の顔面にノーモーションで極細ウインドアローを放つと、首を捻るだけで回避されたが今日はそれでいい。

 

「近日中にその顔に拳をめり込ませてやりますので、お覚悟を。ではお祖父様。これにて」


 ひいおじいちゃんに啖呵を切り、グランパに挨拶して部屋を出る。

 ちなみに、メアリはガストン君が背負ってくれた。


「殿下。身内のゴタゴタをお見せして申し訳ございません

 

「いえ。短時間に色々ありすぎてまだ事実を事実として受け入れられていませんが、ヘッセリンク伯が頭を下げることはありません。しかし、炎狂いに毒蜘蛛ですか」

 

 地上基準ではまあまあぶっ飛んでる王太子も、オーレナング地下の狂騒っぷりには冷や汗をかいたらしい。


「姿は見えませんでしたが、巨人槍もいますよ?」


 そう言うと、アヤセが驚いたように声を上げる。


「伯父上も!? それは、父が喜びそうです」


「ああ。父と叔父上は仲が良かったらしいな。同世代だし、顔を合わせた時には一緒に酒を飲んでいたと聞いたことがある」


 二人とも無表情で口数少ないから付き合いがなさそうだけど、実はサシ飲みするくらい仲良しだったらしい。


「ええ。私も父に聞いたことがあります。『最愛の姉上を奪った憎い男だが、そこまで悪いやつではない』と。これは一般的な評価に引き直すと、仲良しの友人ということになります」


「難しすぎるな」


 ヘッセリンクには、残念ながらラスブラン構文を理解するスキルはないらしい。

 

「とりあえず屋敷に戻って昼食にしましょう。その後はすぐに出発となります。ここで起きたことはできるだけ他者に漏らさないことをお勧めする。話すにしても、陛下、ラスブラン侯、アルテミトス侯に限定していただいたほうが無難でしょう」


「アヤセ殿、ガストン殿。ここはヘッセリンク伯の助言に従うことにしましょう。これは、私達若い世代が面白半分で扱っていい情報ではありません」


 王太子の厳しい表情に、二人が深々と頷き了承の意を表す。

 これで余計な情報の拡散は避けられるだろう。

 さて。

 皆さんが帰ったらエスパール伯爵領の別荘を買う手続きやらリスチャード家族との合同旅行の段取りとかで諸々忙しくなるけど、さしあたっては毒蜘蛛のソロ討伐に向けて森で修行と洒落込みますか。

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