第692話 死者との対話
いつの間にか温泉に浸かり会話に混ざっていたグランパ。
おかしい。
こんなことにならないよう、午前中は温泉周り立ち入り禁止という伝言をメアリに持たせたはずなのに。
「お祖父様。先ほどメアリを走らせたはずですが?」
伝言は聞いたけど守る必要あります? みたいリアクションだったらノータイムで全召喚だ。
現状全裸?
関係ないね。
こっそり召喚準備を進めながら身構えていると、なぜかグランパが顔を顰めて首を横に振る。
「ええ。私達に伝言があるとかなんとか言って駆け込んだところまでは知っていますが、それを伝える間もなく毒蜘蛛さんに捕まっていましたね。可哀想なことです」
「つまり、伝言は受け取っていない、と」
「そういうことですね」
ひいおじいちゃーん!!
何してくれてるんだあの見境なしの戦闘狂!!
おおかた、しつこく殴り合いを迫って他のご先祖様達から逃げられている時にタイミング悪くメアリが顔を出したんだろうけど。
頭を抱える僕を指差しひとしきり笑ったグランパは、さて、とばかりにまだ状況が把握し切れていない三人に視線を向ける。
「ふむ。そちらはロベルト君の孫ですか。若い頃の彼によく似ています。生意気さが抜けたロベルト君といったところですね」
ガストン君に生意気さをプラスしたら、馬鹿殿モードの頃のガストン君に戻っちゃうんだけど。
「聞くのが怖いのですが、アルテミトス侯はどれほどだったのですか」
やんちゃだったのはカニルーニャ伯からも何となく聞いているし、ご本人がここにきたときもグランパとの会話から察するものはあったが。
「どれほど? 前にも言ったかもしれませんが、当時の陛下から『国軍に生意気でどうしようもないクソガキがいるから躾をしてこい。手段はお前に全て任せる』と直接指示があったくらいですね」
ヘッセリンクに全権を委任してでも矯正したい生意気さ加減って、相当だろう。
「何度聞いても今のアルテミトス侯からは想像できませんね……と。雑談はここまでにして。よろしいのですね?」
敢えてなにがとは口にしないし、それを受けたグランパもなにが? とは聞かない。
ただ一つ頷いて口を開く。
「バート君も、ロベルト君も、当代陛下も。すでにこの場所と私達の存在を把握していますからね。貴方達に一応尋ねますが、口は堅いほうですか? もしそこらの貴族並に口が軽いなどということなら、少し面白くないことになるのですが」
そう言うと、腰にタオルを巻いた状態で温泉から上がったグランパが紅蓮の炎を身に纏った。
個人的にはまったく締まらない光景だけど、名刺代わりの火魔法披露に王太子が目を見開く。
「まさか……いや、そんなはずは」
流石は将来の国王陛下。
目の前で炎に包まれる老人の正体に思い当たる節があるらしい。
しかし、それはそれとして。
「お祖父様。おやめください。そんなところで燃えられたら湯の温度が上がるでしょう」
「おっと私としたことが。失礼」
僕の指摘を受けたグランパは、それまで燃え盛っていたのが幻覚だったのかと思うほどあっさりと炎を消し去り、軽い足取りで再び湯に浸かった。
「それで、口は堅いですか? もしそうならば、私の正体を教えてあげます」
そう投げかけられた三人が、お互いに視線を交わした。
しかし、あまりの事態に答えが出ないようだったので、代わりに僕が答えることにする。
「問題ありません。王太子殿下はもちろん、この二人も僕が信頼する友人達です。ここで見聞きしたことは、生涯漏らさないと誓ってくれることでしょう」
太鼓判を押した後、そうだよね? と三人に視線を向けると、アヤセとガストン君が戸惑いながらも頷き、王太子はまっすぐこちらを見つめてきた。
「私のことも友に含めてくれてもいいのですよ?」
「殿下。ややこしくなりますのでお静かに
」
僕と王太子のそんなやりとりを見たグランパが、仲良しなのはとてもいいことですと笑う。
「よろしい。では、改めて。私はプラティ・ヘッセリンク。そこで呑気に湯に浸かっているレックス・ヘッセリンクの祖父です」
今の僕が呑気に見えるとは、歳はとりたくないもんだなあ。
なんて考えた瞬間に炎の弾丸が頬を掠めて飛んでいったので、とりあえずハンズアップしておく。
「炎狂い、プラティ・ヘッセリンク!?」
祖父と孫のバイオレンスコミュニケーションを目の当たりにしたアヤセが叫び声を上げた。
今でも国中で語られる嘘のような危ない逸話と、ノータイムで孫を狙撃する容赦のなさを照らし合わせることで、それが真実だと理解したのかもしれない。
「従兄上、これは一体」
縋るような目で問いかけてくるアヤセを落ち着かせるため、爽やかさと優しさのレバーを限界まで引き上げる。
「従弟殿。ここはどこかな? そう、オーレナングだ。つまりそういうことさ」
よし、これで四方八方丸く収まったな。
じゃあそろそろお昼だから地上に戻りますか。
「いやいやいやいや! 私は従兄上のことを父や祖父よりも尊敬し、将来的にはレックス・ヘッセリンクを政治的に支えることを目標とするくらいには信奉しておりますが、これは流石に」
丸く収まりませんでした。
ヘッセリンクだからで引かないなんて、流石はラスブランの血族というところか。
「貴方は本当にあの素直さの欠片もないバート君の直系ですか? なんとも可愛いものですね」
ツンデレが過ぎるからね、あっちのお祖父ちゃんは。
謀の勝率は高いのに、愛情表現ではほぼ全敗に近い。
それを考えれば、アヤセは何事にもストレートだから、ラスブラン侯と比べたら可愛くも感じるだろう。
「これ以上は言いませんし、貴方達が私の正体について信じるかどうかは任せます。ただ、機会があれば家に帰って父や祖父に聞いてみなさい。きっと楽しい反応が待っていますよ?」
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