第685話 始まりは、愛

 王太子からの観覧希望があったので、早速カルピとステムを呼び出した僕。

 召喚士対召喚士という珍しい対戦カードなので、家来衆にも希望者は見に来ていいよと伝えると、なんと領軍も含めて一人残らず庭に集合した。

 

「こんなに召喚士同士の手合わせに興味があるなら、僕とステムで定期的に戦ってみせようか?」


 横に立つメアリにそう尋ねると、なぜか不思議そうに首を傾げてみせる。


「いや、みんなが見てえのは純粋な召喚士同士の模擬戦だから」


 なんだろう。

 言外に、僕が絡むと純粋な召喚士同士とは見なされないと言われた気がしたんだけど。

 どう思う?

 コマンド。


【気のせいじゃないですか?】

 

 気のせいならいいか。

 

「急にすまないな、カルピ殿」


「いいえ。ご家来衆との手合わせを望んだのは私ですのでお気になさらず。……ただ、まさか王太子殿下にご覧いただくことになるとは思いませんでしたが」


 王太子を見ながら若干の皮肉を込めて言うカルピ。

 しかし、相手は未来の国王陛下だ。

 

「私が見ているからといって緊張することはありませんよ? 国軍の召喚士の力を存分に発揮してくれることを期待します」


 多少言葉で刺されたくらいでは小揺るぎもせず、微笑みつつエールなど送ってみせた。

 そんな反応に苦笑いを浮かべながら、カルピが対戦相手に視線を移す。


「はじめまして。オーレナングの召喚士さん。カルピよ。貴族の出ではあるけど、この場で家名は意味をなさないから名前で呼んでちょうだい」


 自己紹介を受けたステムが、メイド服のスカートの裾をつまみ、綺麗なカーテシーをみせる。

 イリナにでも習ったのか、付け焼き刃ではない美しい動きに家来衆から拍手が送られた。

 

「ヘッセリンク伯爵家家来衆、ステム。国軍の召喚士と手合わせできる貴重な機会を得られたことを感謝する」


 拍手が恥ずかしかったのか早々にカーテシーをやめ、カルピに右手を差し出すステム。

 差し出された側も躊躇わずにがっちりとその手を握ると、頭のてっぺんから爪先まで見回しながら言う。


「メイドさんなのかしら?」


「メイドさんでもある。この服は魔獣が吐く糸で作ったメイド服だから軽くて丈夫。これが一番動きやすいから着ているだけで、本職はちゃんと召喚士」


 だから安心して殴り合おうぜ、というように、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるステム。

 やる気は十分なようだ。

 エイミーちゃんの足元でステムステムと声援を送るサクリの姿がやる気に拍車をかけているのは間違いないだろう。


「では、二人とも。経緯はどうあれ王太子殿下の御前だ。全力を尽くすことを期待する。始め!」


 僕の試合開始の合図とともに動いたのはカルピ。

 素早く距離を取り、召喚獣を喚び出す。


「来なさい! マーダーディアー!!」


 驚いた。

 以前国都で手合わせした時よりも、明らかに召喚するスピードが上がっている。

 確か昔から伝わる教本で学んだ召喚士は、『魔力を練って放出したあと、それを自分に下ろす感覚を掴んだら、遥か遠くに棲む召喚獣に呼び掛けるように魔力をつないで』とかいう複雑な手順を踏んでいたはずだ。

 今のカルピの召喚速度を考えると、明らかにいずれかのプロセスを省略している。


「凄い。森で見かける鹿よりもだいぶ立派」


 喚び出す速さだけではなく、喚び出された個体も以前とは違い、より大きく逞しい姿をしていた。

 ステムが驚いたように呟くのを聞き、カルピが自信ありげに笑みを浮かべる。


「以前、同僚がヘッセリンク伯に直接ご指導いただく機会があったの。その内容を聞いて自分なりに召喚の過程に手を加えてみたら、安定して強力な個体を喚べるようになったわ。どうかしら、私の可愛い鹿さんは」


 僕の召喚理論であるグッ、としてパッ! を、自分なりに噛み砕いて教本の召喚術に落とし込んだっていうことか?

 天才っているもんだね。

 僕はそんな風に割と真面目に感心したんだけど、カルピの相手は我が家屈指のマイペースさを誇るステム。

 王太子が見ていようと国軍が相手だろうと関係なく、ブレない強さを見せつける。


「うん。凄く美味しそう。晩御飯は鹿のお肉がいいってマハダビキアさんにお願いする」


 ステムの言葉を受け、カルピの表情から笑みが消えた。

 心なしか、この一瞬で温度が下がった気がしなくもない。


「……煽ってるのかしら?」


 苛立ちを含んだ眼差しをステムに向けつつ、普段よりかなり低いトーンでそう問うカルピ。

 しかし、我が家のマイペースさんに煽ったつもりは一切ないので、不思議そうに見つめ返すだけ。

 噛み合わない視線の応酬に、先に折れたのはカルピだった。


「ふう。本当に興味がない、ということでいいのかしら?」

 

「申し訳ないけど、同業者としての貴女には、今のところ特に魅力を感じない。おいで、ボークン」


 喚び掛けに応じて、銀色の体毛を持つ熊が現れる。

 元々は茶色い熊さんだったのに、今じゃすっかり銀色のほうが目立つスタイリッシュベアーだ。

 カルピとマーダーディアーが、そんなボークンの迫力に当てられたように後ずさる。


「……ボークンは、その子の名前よね。わかるわ。ヘッセリンク伯がそうだったもの」


「マッドマッドベアのボークン。ボークン、あちらは国軍の召喚士さんで、カルピ。はい、ご挨拶」


 ステムの指示を受けたボークンは、ゆっくり一人と一匹に視線を向けると、片手を上げつつ、見た目からは想像のつかない可愛らしい声で『まふっ!』 と鳴いてみせた。

 その声を聞いたカルピは、がっくりと肩を落としながらため息をつく。


「気が抜けたわ。その子、マッドマッドベアの変種といったところかしら。なかなか可愛いじゃない」


 相棒を褒められたステムが、嬉しそうに右の唇を吊り上げる。


「貴女も名前をつけるといい。きっと、いいことがある。貴女にとっても、召喚獣にとっても」


「それもヘッセリンク伯の教えの一つらしいことは知ってるわ。だけど、仲間内でもまだ誰一人成功してないのよ。よかったら、助言をくださるかしら?」

 

「伯爵様の前で同業者に助言なんて恥ずかしいけど、ボークンを褒めてくれたお礼に一つだけ教えてあげる。召喚獣を心から愛してあげて。まずはそれが始まり。じゃあ、やろうか。カルピ」

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