第686話 ヘッセリンク化

 召喚獣を心から愛してあげて、か。

 ブルヘージュで初めて顔を合わせた時には召喚獣を使い捨ての道具のように扱っていたステムが成長したものだ。

 クーデルに愛とは何かを拳で叩き込まれていたのが懐かしくすらある。

 ステムにとってはある意味師匠と呼んでも差し支えない存在のクーデルだけでなく、当時の傍若無人な彼女を知っている家来衆全員が、小さな召喚士の成長に目を細めていた。

 そんな生暖かい空気を察したのか、うっすら頬を赤く染めたステムが、それをごまかすようにカルピに向かってかかってこいと手招きをする。


「行きなさい!!」


 そんな挑発アクションを真に受けたわけじゃないだろうけど、ステムの動きに反応するよう、カルピが躊躇うことなく殺人鹿をけしかけた。

 力強く地面を蹴り、ボークンに向かって角を突き込んでいくマーダーディアー。

 そのスピードとパワーは森で見る鹿さんとは比べ物にならず、国都で手合わせした時よりも明らかにレベルアップしていた。

 ブルヘージュ時代のステムとボークンなら、この一撃で終わっていたかもしれない。

 しかし、残念ながら良くも悪くも今のステムはヘッセリンクナイズ済みだ。

 恐れることなくボークンを直立で前進させ、襲いくる角を前脚でガッチリとホールドしてみせる。

 

「いいね。魔力だけでそれだけ動かせれば十分。流石は国の召喚士」


「いつまで余裕でいられるかしらね!?」


 ダウナーな表情のままパチパチと拍手を送るステムに苛立ちを隠せないカルピ。

 魔力を振り絞り、マーダーディアーを前進させようと試みるが、ボークンは後退するどころか逆に角を掴んだまま暴れる鹿をぐいぐいと押し返していく。


「もちろん最後まで余裕」


 召喚主の言葉を行動で示すように、鹿の拘束を解いて距離を取ると、両腕を広げるパフォーマンスを見せるボークン。

 この動きの意味は、『余裕余裕!』だろうか。

 なんにしても、はっきりとした挑発ムーブであることは間違いない。

 そんなところまでヘッセリンク化しなくてもいいんだけど、この動きにカルピが反応する。


「ちっ!! マーダーディアー、貫きなさい!」


 召喚主の声を受けた殺人鹿が苛立ちを表すように複数回地面を蹴立て、一度目の突撃よりもさらに力強く、鋭く踏み込む。

 マーダーディアーの攻撃手段は突進の他、角でしばく、発達し過ぎた後ろ脚で蹴り飛ばすのいずれか。

 そのなかでも最強の攻撃は、やはり先ほども見せた突進だろう。

 舐められていることを本能で察したのか、憎悪を浮かべたような瞳でボークンを睨み、低い唸り声を上げながら突撃していく。

 僕が今まで嫌になる程見てきたマーダーディアーの突進のなかでは、確実に一番の迫力だ。

 しかし、それでもステムに焦りはなく、むしろその顔には笑みが浮かんでいた。

 

「まだ遅い」


 ステムとボークンが選んだのは回避ではなく、再度の拘束。

 角が熊さんのお腹を貫こうとする瞬間、握力の全てを込めて角を掴むことに成功する。

 全力でぶつかってきた相手の勢いに押されて流石にいくらか後退はしたものの、ステムにもボークンにも全く慌てた様子はない。


「何度やっても無駄。オーレナングに来て何度鹿さんと戦ったと思ってるの?」


 マーダーディアーは我が家の主力タンパク源であると同時に、家来衆の大切なスパーリングパートナーだ。

 その遭遇率の高さも手伝い、攻略法は確立されている。

 攻略法とはずばり、角を掴んで引きずり倒す。

 たとえそれが召喚獣だとしても、それに大きな違いはないだろう。


「押し切りなさい!」


 しかし、そんなことはお構いなしとばかりにマーダーディアーに前進を命じるカルピ。

 その額には玉のような汗が浮かんでいた。

 ここまでの試合経過は、たった二度の衝突があっただけ。

 にも関わらずあの状態なのは、王太子が見ている前で下手な試合はできないと、最初から全力を振り絞った結果なのかもしれない。

 一方のステムは涼しい顔。


「今のその子じゃ、逆立ちしたってボークンには届かない」

 

 淡々と告げて右手を振ると、ボークンがマーダーディアーの角を掴んだまま首を捻じ切るかのように力任せに捻り、地面に横倒しに叩きつけた。

 すぐに立ち上がるよう指示を出そうとするカルピ。 

 そんな彼女を嘲笑うよう、ボークンがその腕力でマーダーディアーを抑え込み、みじろぎ一つ許さない。

 誰の目から見ても、この時点で勝負あり。

 カルピは、目の前で起きたことが信じられないというふうに頭を抱えている。

 王太子同様、僕ならまだしも家来衆とならいい勝負ができると思っていたのかもしれないが、見積もり甘いよ?


「この子達の脅威度は同じ。私と貴女の才能にも、そんなに大きな差はきっとない。それなのに、なぜこうも一方的な展開になるのか。わかる?」

 

 ボークンにマーダーディアーを抑え込ませたままステムが語り掛けると、言いたいことがわかったらしいカルピが間を置かずに答える。


「……さっき言っていたアレかしら。召喚獣を心から愛するとかなんとか」


 それを聞いて満足そうに頷いたステムが、さらに質問を重ねる。


「名付けには挑戦したんでしょう? 失敗したみたいだけど」


「ええ。同僚全員で試したけど、私も含めてなんの変化もなし。これでも召喚獣を心から愛しているんだけど」


 無念そうに首を振るカルピに対し、ステムは私も昔そうだったと前置きして距離を詰めると、励ますようにその肩を叩いた。


「同じ召喚士のよしみでもう一つ教えてあげる。貴女は確かに召喚獣を愛してるかもしれないけど、それは武器として、道具として。でも、それじゃあ無理。召喚獣にも心があるから。道具として愛されても、この子達は愛を返してくれない」


 勝者の言葉を理解しようとしているのか、反芻するように言われたことを繰り返すカルピ。

 その様子を見たステムは、励ますように優しくカルピの背中を撫でた。


「焦らなくていい。貴女ならきっとできる。私もまだ召喚士として道半ば。何かあれば連絡してほしい。応援してる」


 拳を交わした末に新たな友情が芽生えたらしく、二人が笑顔で抱き合う。

 まあ、着地点としてはこんなところか。

 そう思った僕が勝負ありの合図を出そうとすると、ハグを解いたステムが素敵な笑顔を自らの相棒に向けた。


「じゃあボークン。もういいよ。トドメ」


 ステムの言葉を受けたボークンが、マフッ! と鳴いたかと思うと、マーダーディアーの首筋に牙を突き立てる。

 いや、だからそんなとこまでヘッセリンク化しなくていいんだって。

 ほら、カルピがすごい顔してるから。

 

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