第684話 舐めてくれるな

 ヘイ、コマンド。

 ヘッセリンクの常識について教えておくれ♪


【申し訳ございません。わかりません】


 じゃあ仕方ないね。

 ヘッセリンクに常識なんて存在しないっていうなら、今度は国都のど真ん中で王太子をゲストに迎えた若手貴族パーティーでもやっちゃいますか!

 いや、いっそのこと。


「宰相も呼んで飲むのもありか……?」


「ヘッセリンク伯!? 何を恐ろしい計画を立てているんですか!! いや、申し訳ない。そんなことを口走るまで焦るとは思わなかったもので」


 おっと、構想が口に出ていたらしい。

 こんなとこで漏らしたらサプライズにならないからね。

 

「流れが悪いことは理解したので話を変えましょうか。ガストン殿」


「!? 俺、いえ私ですか?」


 突然名前を呼ばれたガストン君が、ビクッと肩を震わせる。

 

「ええ。重傷とは言わないまでも、そこそこの怪我を負っているようですが、何があったのですか?」


 フィルミーにしこたま殴られた怪我が数日で完治するわけもないので、ガストン君はまだ怪我が目立つ状態のままだ。

 本人が動けるというので同席をお願いしたけど、やっぱり避けるべきだったか。

 そう反省する僕を尻目に、当の本人は明るく朗らかな声で王太子に応えた。


「ヘッセリンク伯のご家来衆と手合わせをいたしまして。手も足も出ず完敗した次第でございます」


 清々しいほどの完敗宣言に、尋ねた王太子も目を丸くし、次いで小さく吹き出した。


「ふふっ。傷だらけだというのに、いい顔で笑うものです。以前は顔を顰めざるを得ないものばかりだった貴方の評判が、少しずついいものに変わってきていることは私の耳にも届いています。アルテミトスの名に恥じぬよう、悪評を覆す努力を続けてください」


 王太子からの突然の熱いエール。

 これは未来に向けてもがき続けているガストン君の心に深く刺さったらしい。

 ソファーから立ち上がって直立不動の姿勢をとると、ガバッ! と音がするほどの勢いで頭を下げた。


「はっ! このガストン。ヘッセリンク伯やアヤセ・ラスブランをはじめとした友人達、なにより王太子殿下のご期待を裏切らぬよう、精一杯努める所存にございます!」


 未来の国王陛下は、満足そうに頷くことで未来の侯爵候補の宣言を受けいれたことを示した。

 

「結構。しかし、ヘッセリンク伯爵家の家来衆と我が国の未来を担う若手貴族の手合わせですか。ぜひ見学したかったものです」


 残念そうにそんなことを呟く王太子。


「よろしければご覧になりますか?」


 残ってる対戦カードは、最大で四。

 そのうち確実に開催されるのが一カードあるので、その試合なら観戦可能だ。

 

「……念のために確認しますが、まさか彼ら全員が家来衆と手合わせをするなどという恐ろしい催しではないのですね?」


 王太子が眉間に皺を寄せながら探るように言う。

 ははーん?

 これはあれだな。


「あっはっは! 殿下も冗談を仰るのですね! これは傑作だ! なあ、そう思わないかアヤセ」


 王太子の発言が偉い人特有のジョークだと素早く見抜いた僕は、下品にならないギリギリのオーバーリアクションと笑い声で対応する。

 その際、従弟に目配せをすることも忘れない。

 

「ええ、全くです。未来の国王陛下が冗談にも通じていらっしゃるとは。このアヤセ、腹がよじれるかと思いました!」


 もちろん優秀な従弟は僕の合図を取り違えたりせず、腹を抱えるアクションなど取りつつ笑い声を上げた。

 流石だアヤセ、上手いぞ!


「そちらの二人には、見え透いた世辞は人を傷つけるとだけ言っておきます。いや、冗談ではなく、オーレナングを訪れた面子が全員怪我を負って帰ってきたとなればまたざわつくことになりかねませんからね」


 冗談じゃなかったらしい。

 おいおい、そんな目で見るなよアヤセ。

 巻き込んだのは謝るからさ。


「ご安心ください。今回手合わせを許可したのはガストン殿とカルピ嬢だけでございます。ガストン殿は既にフィルミー騎士爵と一戦交えた後ですが、怪我の治り具合によってはジャンジャックやオドルスキと試合うことも許可しています」


「ガストン殿の怪我の治りが遅いことを心から願うとして。召喚士であるカルピ嬢の相手は、まさかヘッセリンク伯自ら?」


 それは流石に、と首を振る王太子。

 そんな上司を安心させるよう、爽やかに微笑みつつ観戦可能な対戦カードを案内する。


「本人は私との手合わせを希望しましたが、まずは家来衆の一人、ステムと試合ってもらうことにしています」


「ステム? ステムというと……、ああ。ヘッセリンク伯がブルヘージュから引き抜いた召喚士でしたね」


 引き抜いたというか押し掛けてきたというか。

 いや、加入の経緯はどうあれ、今やいろんな面で貴重な人材なのは間違いないか。


「国軍の召喚士カルピ対ブルヘージュの召喚士ステムですか。これは、好試合が期待できますね」


 カルピの対戦相手が僕じゃないことにホッとしたのか、そんなことを仰る王太子殿下。

 おやおや。

 未来の国王陛下ともあろうお方が、勘違いをしていらっしゃる。

 好試合なんて、まさかまさか。


「あっはっは! 殿下はやはり冗談がお上手だ! もし。もし殿下が本気で好試合を期待されていらっしゃるならば、先にお詫び申し上げましょう。我が家来衆ステムは、殿下が想像されているよりも遥かに強うございますよ?」

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