第682話 リズ&ラヴァ

 王太子が信じられないくらいの小勢でオーレナングに向かっているとの連絡が舞い込み、お客さん方を巻き込んでバタバタしたその夜。

 我が家の諜報網を仕切っている二人が、珍しく揃って戻ってきた。


「ただいま戻りました」


 執務室にやってきたのは、元闇蛇の面子を束ねるリズと、ジャルティクから引き抜いた一団を率いているラヴァ。

 二人の顔には濃い疲労の色が見てとれた。

 どうやら第一報を追うように不眠不休で馬を走らせてきたらしい。


「ご苦労。まあ、一杯やれ。遠慮はいらない」


 そんな二人を労うべく、コップを二つ用意して琥珀色の液体を注ぎ、二人の前に置く。


「では、お言葉に甘えて。さ、ラヴァの親父も」


 ラヴァは戸惑ったような表情を見せたが、付き合いの長いリズは躊躇うことなくそれを受け取り、隣に立つジャルティク人暗殺者にも押し付けた。


「相変わらず緊張感がねえな若旦那は。次期国王がもうそこまで来てるってのに」


「来てしまったものは仕方ない。追い返すわけにもいかないからな。知り合いが追加で遊びに来たくらいに考えることにした」


 護国卿を慕う若手貴族の集いのニューカマーくらいに考えないと、やってられないからね。

 

「肝が太いねどうも」


 呆れたように肩をすくめるラヴァ。

 そんな反応を見たリズが楽しげに笑う。


「な? 言っただろう? 王太子殿下が前触れもなくやって来ようと、伯爵様は小揺るぎもしないさ」


 おっと、これは勘違いをしているようだねリズ。

 元闇蛇のみんなはとてもよく働いてくれるけど、僕に対する信頼が行き過ぎるところがあるのが玉に瑕だ。

 

「リズ、過大評価はよせ。小揺るぎもしないどころか今も揺らぎに揺らいでいる。その証拠に。ほら、飲んでみろ」


 二人に手渡した酒を飲むよう促す。

 首を傾げながらも、同時に琥珀色の液体を口に含むリズ&ラヴァ。

 そして、同時に琥珀色の液体を盛大に吹き出すリズ&ラヴァ。


「ぐあっ!? 喉が!?」


 片膝をつき、喉を抑えるリズ。

 おいおい、勿体無いな。

 結構高いんだよ? このお酒。


「……お世辞にも趣味がいいとは言えねえ酒だぜ若旦那。なんつうもん飲んでやがるんだ」


 なんつうもん?

 ええっと、なんだっけ。

 そうそう、特級火酒『上司之我儘』。

 ははっ、今の状況にぴったりでシャレが効いてるね!


【聞きたいのは銘柄じゃないかと】


 わかってるけど、ジョークでも飛ばさないとやってられないでしょ?


「このくらい強くないと落ち着くものも落ち着かないからな。一応確認しておくが、国都方面で何かあったわけじゃないんだな?」


 なんらかの騒ぎが起きて王太子がオーレナングに向かわざるを得ない状況。

 それなら酒なんか飲んでる場合じゃなくなるんだけど、リズがすぐに否定するよう首を横に振る。


「ええ、その点はご安心を。偶然私もラヴァの親父も国都にいたんですが、平穏そのもの。チンピラ同士の喧嘩すら起きない穏やかさです」


 リズの目から見たらトラブルはなし、と。


「ラヴァ?」


「俺はジャルティクの出だからな。故郷くにに比べりゃレプミアなんてどこも天国だが、リズの言うとおり。若旦那に報告するような異常は認められねえ」


「わかった。つまり、王太子殿下は本格的にオーレナングに遊びにきている可能性が高いわけだ。しかも、供回りが極めて少ないことを考えれば、陛下の許可を得ていない可能性が多分にある」


 一回、森に放り込んでおくかあの兄ちゃん。

 将来の右腕(仮)として、立場を考えずに無軌道に動かれたら下の人間が大変だって教えて差し上げないといけないな。


【お得意のブーメランキター】


 シャラップ。


「俺が言うのもなんだが、城の連中も可哀想になあ」


 同感だね。

 ただ、僕にできることは、胃痛を発症しているであろう文官の皆さんに美味しいものを差し入れることくらいだ。


「偶然だがこの酒は複数在庫がある。文官諸君に差し入れとして送っておこう」


 未開封の瓶をドン、ドン、ドンッと三本テーブルに並べてやると、二人が苦笑いを浮かべながら自分達のほうに引き寄せる。


「では私達が運びましょう」


「一日二日酔い潰れてたって、誰も責めやしねえだろうしな。つまみはこっちで適当に見繕っておこうか」


 差し入れの運搬についてはお言葉に甘えさせてもらうことにして、冗談のような酒をしまい常識的な度数の酒を改めて用意する。

 

「せっかく帰ってきたんだ。何か報告しておくことはあるか?」


「私からは特に。レプミア南方はロソネラ公監視のもと平和そのものです」


「あー。北はちょっとざわついてるか。いや、エスパール伯爵家の代替わりに絡んで雰囲気が浮ついてるってだけだけどな。商人連中は商売の機会を伺ってるし、周りの貴族達も動向を注視してる。隣接する北の国の目もレプミアに向いてるみてえだ」


 いい意味でざわついてるなら我が家がどうこうする必要はないけど、お祭りに乗じて良くない騒ぎが起きるのは困るな。


「なるほど。今やエスパール伯爵家は我が家のよき理解者だ。さらには次期当主ダイゼ殿は僕の友。小さなことでもいい。何かあれば報告を頼む」


「あいよ。さっきも言ったとおり中央は落ち着いてるからな。北に人手を回しておこう」


……

………

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