第681話 急報

 アヤセが部屋を出て行ったあと入れ替わるように入ってきたのは、お客様への対応について具体的に指示を出したうちの一人、ステムだった。

 今日も朝からメイド業をこなしていたらしく、濃緑色のメイド服のままだ。

 

「どうしたステム。一人で僕のところに来るなんて珍しいな」


 仕事の空き時間のほとんどをサクリを愛でることに費やしていると言っても過言ではない小さな召喚士。

 その彼女がわざわざ僕を訪ねてきたのだから大事な用なんだろうと思い尋ねると、いつもどおりの淡々とした口調で言う。


「今日のうちに私も仕掛けようと思うんだけど、フィルミーさんみたいに奇襲の方がいい?」


 ダウナーな雰囲気のなかでも、やってやりますぜ大将、的なやる気を漲らせているのは理解した。

 ただ、ちょっとだけ落ち着こうか。


「奇襲しろなんて指示を出した覚えはないし、屋内で召喚獣を呼ぶのはやめてくれ。日に何度も屋敷を傷つけては、今度こそハメスロットに軒先に吊るされてしまう」


 先程、この部屋の前を通ったハメスロットの手にロープが握られていたように見えたのは、きっと見間違いだと思う。

 吊るされるのを恐れるあまり、幻覚を見てしまったようだ。


「承知した。じゃあ、お膳立てはお願いする。朝のメイド仕事の時間と、朝昼晩の姫様への祈りの時間以外なら、いつでも全力で殴り合う」


 そう言いながらコキコキと首を鳴らすステム。

 何故かな。

 我が家の家来衆のなかでも小柄なステムの後ろに、ニヤニヤしながらチューインガムを膨らませる筋骨隆々の大男の幻影が見えた気がする。

 

「……わかった。では、早速今日の昼にでも場を整えるか」


「承知した。国軍の召喚士は、私が完膚なきまでに叩き潰す」


 ステムさん、マジかっけえっす。

 台詞だけ聞けば完全に悪者だけど、相手を舐めているわけではなく、オーレナングでの生活でそう言えるくらいの自信がついたということだろう。

 家来衆の成長というのは実に喜ばしいことだ。

 

「お前が負けるようなことがあれば僕が出張ることになるからな。頑張ってくれよ?」


 僕がそう軽口を叩くと、ステムがらしくなく歯を見せてニヤリと笑う。


「本気で言ってる?」


「まさか」


「ならいい。伯爵様と姫様のために、全力を尽くすことを約束する。ヘッセリンク伯爵家の家来衆として、絶対に手は抜かない。指示のとおり、返り討ちにする」


 やる気十分な様子のステム。

 ただ、やる気に満ち溢れるあまり、昨夜の指示を取り違えているようなので修正しておこう。


「それは対ガストン殿への指示であって、カルピ殿には適用されないことを改めて伝えておく。全力を尽くすのは構わないが、くれぐれもやり過ぎないでくれ」


 やり過ぎ、ダメ、絶対。

 OK?


「……承知」


「不満を隠しきれてないが、まあいい。ではカルピ殿に」


 話をしておこう、と言おうとしたその時。

 バタバタと駆け込んできたのはエリクスだった。

 

「失礼いたします! 伯爵様、急ぎお耳に入れたいことがっと、お話し中でしたか」


「私の話は終わったところ。じゃあ伯爵様、指示を待ってる」


 手をひらひらと振りながら部屋を出ていくステム。

 その小さな背中に頼もしさすら感じつつ、緊急事態を知らせに来たらしいエリクスに視線を向ける。

 

「それで? 何があったエリクス。お前がそんなに慌てるなんて珍しいじゃないか」


 オーレナングにやってきた頃とは比べものにならないくらいの精神的な成長をみせているエリクス。

 そんな彼がダッシュの勢いそのままに転がり込んできたんだから、こちらも身構えてしまう。

 しかし、エリクスからもたらされた情報は、多少身構えたくらいでは受け止められないレベルのものだった。


「王太子殿下が、こちらに向かわれていると連絡が入りました」


「……無駄な抵抗かもしれないが、聞き間違えた可能性に賭けたい。念のためにもう一度頼む」


 王太子っぽい響きの名前がついた魔獣が森から屋敷に向かってるとか、そんな奇跡は起きないだろうか。


「王太子殿下リオーネ様が、国都からオーレナングに向かわれていると、リズさんから連絡が入りました。対応指示をお願いいたします」


「確度……など聞くのも野暮か」


 僕の言葉にエリクスが深く頷く。


「その情報が間違っていた場合は、王太子殿下の偽物が現れたというそれはそれでややこしい事態になるかと」


 ヘッセリンク伯爵家的にはそっちの事件の方が面倒が少なくていいんだけど。

 王太子の偽物騒ぎなんて、解決に動くのは国軍とか近衛とかの国の組織だ。

 我が家に責任が及ぶことがない分、王太子電撃訪問なんて出来事よりも、だいぶ心穏やかに見ていられる。

 なんていうことは、家来衆の前ではもちろん言わないし、いつまでも現実逃避しているわけにもいかない。

 

「数は? まさか単騎なんてことはないだろうな」


「確認できたのは五名程だそうです。護衛の近衛隊だと推測されます」


 単騎じゃないにしても、お供の皆さんが少なすぎるな。

 まるで身の安全よりも身軽さを重視したみたいだ。

 王太子なんて立場の人間が、身の安全より身軽さを選んだ理由。

 考えたくもないが、王様や宰相の許可を取らずにこちらにやってきている可能性がある。

 

「とりあえず宰相に文を出す。そうだな。『ちゃんとそちらで手綱を握っておいていただけますか?』とでも書いておこうか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る