第680話 狂人さんのお悩み相談室
フィルミー対ガストン君の早朝ドンパチのことを聞いたのだろう。
朝ご飯を終えたらしいアヤセが、僕の執務室を訪ねてきた。
「まさか、寝て起きたら既に同志ガストンが沈められているとは。オーレナングとはまさに魔境ですな」
その表情に若干の申し訳なさが浮かんでいるのは、自分が連れてきたお友達が屋敷に被害を与えたからだろう。
「魔境と言われたら否定する材料はないが、ガストン殿の望みは叶えられたと考えているよ。手合わせを見守っていた家来衆からも、善戦したと聞いているしな」
普段辛口のメアリがあれだけ褒めていたんだから、ガストン君が相当頑張ったのがわかる。
おかげで今書いているアルテミトス侯宛の手紙も筆が進んで仕方がない。
人を褒めるって楽しいね。
「善戦、ですか。先程様子を見てきましたが、傷だらけの同志ガストンを、無傷のフィルミー殿と奥方が介抱されていました」
僕の言葉のチョイスが引っ掛かったのか、複雑そうに顔を歪めるアヤセ。
まあ、見た目だけならどこからどう見ても完敗以外の言葉は当てはまらないか。
「従弟殿の言いたいことはわかるが、ガストン殿が我が家の家来衆に挑んだのは勝ちを拾うためではない。そうだろう?」
むしろヘッセリンクの家来衆に勝つぞ! というつもりで挑戦を希望していたなら断っている。
他所の家の子に、無駄に怪我を負わせるつもりはない。
「従兄上の仰るとおりかと」
ガストン君が勝利以外の何かを得るためにフィルミーに挑んだという点についてはアヤセも同感らしく、真剣な表情のまま頷いた。
「私も先程フィルミーに話を聞いてきたよ。フィルミーからは、お世辞にも尊敬できる人間ではなかったガストン殿の成長に対する称賛と、そこに至るまでの努力に対する敬意を示す言葉を聞くことができた」
詳細は割愛するが、『あのどうしようもない、アルテミトス侯爵家の恥と笑われたドラ息子があんなに立派になるなんて、相当な苦労があったんだろう。その努力に免じて、自分は過去を水に流すことにした』ということらしい。
「それを聞けば、同志ガストンもさぞ喜ぶことでしょう」
「ああ。しかし、従弟殿の人を見る目の正確さには恐れいる。流石はラスブランの直系」
引き合わせたのは僕だけど、それでも評価が地の底にあったガストン君を仲間に引き入れる決断をしたんだ。
いくらアルテミトスの人間でも、あの状態の彼を仲間に加えることはリスクでしかなかっただろうに。
従弟に流れる風を読む力の一端を見た気がして称賛するつもりでそう伝えたんだけど、当の本人は笑顔もなく僕の言葉を否定するように首を横に振った。
「敬愛する従兄上にお褒めいただけるとは、心から嬉しく思います。ただ、ラスブランの直系。この立場は今の私にはかなり重たい。なぜと言って、現当主であり我らが祖父、バート・ラスブランの存在と功績が大き過ぎる」
ラスブランのお祖父ちゃんね。
現役最高齢の貴族家当主にして、『狂った風見鶏』の二つ名を持つ色々ヤバい老人。
「カナリア公と並ぶ現役の怪物だからな、あの方は」
もしグランパやパパンが健在だったら、僕も同じ思いを抱いていたかもしれない。
そう思いながら肩をすくめると、アヤセが眉間に皺を寄せながら本当に嫌になりますと呟く。
「『狂った風見鶏』と呼ばれる程に長きに渡り、正確に世界の風を読み切って今に至る大人物です。父は知りませんが、私に同じことができるかと問われれば困難だと答えざるを得ません」
唇を噛みしめながら俯き、悔しそうに拳を握りしめる従弟。
『私も火魔法は使えないぞ?』とか、『槍を持ち上げた瞬間に腰を痛めかねないな』とか言える雰囲気じゃない。
さて、アヤセに何と声をかけようかと迷っていると、本人がハッとしたように顔を上げる。
「申し訳ございません従兄上。明るい時間から酒も入っていないのに愚痴をこぼすなど」
「構わない。貴族などという商売をやっていると、自分一人だけの人生ではないからな。多かれ少なかれ悩みはあるさ」
ラスブランほどの家になると、家来衆の生活はもちろん、仲良くしている他の家のことまで考えないといけないだろうから悩みは尽きないだろう。
その悩みから解放されるためには、それこそラスブラン侯レベルまで振り切らないといけないのかもしれない。
「ラスブランは一派閥の長でもあります。皆我が家の風を読む力に惹かれて集った家ですから、その力が私の代で衰えたとなればどうなることか」
自らにラスブランを背負う力が足りず、求心力を失ったらどうなるか。
きっと従弟はそんな心配をしているんだう。
が、これははっきり杞憂というものだ。
アヤセ・ラスブランが既に未来に繋がる風を読む勝負に勝利していることを、僕は知っている。
「おやおや。おかしなことを言う。少なくとも、従弟殿はこの世で最も早く私に可能性を見出した人間の一人だ」
子供の頃からレックス・ヘッセリンクの可能性を最も信じて疑わなかった男が、目の前の従弟だ。
「最新の狂人であり、レプミア貴族としては最も距離を置くべき相手であるはずの私を、幼い頃から最も熱烈に支持してくれたのは従弟殿だろう? 私を慕う従弟殿を周りがどう見ていたかは推して知るべしというやつだが、結果はどうだ。未来のラスブラン侯爵が誰よりも早く見出した男は、未来の国王陛下に右腕として認められたぞ」
どうだい?
多分、君が人生で初めて読んだであろう風は、大正解だった思わないか?
ドヤ顔でサムズアップする僕を唖然とした顔で見つめていたアヤセが、何かを言いかけてはやめ、言いかけてはやめを繰り返す。
いいから自信を持てよ兄弟。
「もちろん幼い頃のことだ。風を読むだなんだというつもりはなかっただろうが、結果が物語っている。心配するなアヤセ。お前にも、濃ゆ過ぎるほどに濃い、それはもう濃厚なラスブランの血が流れているよ」
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