第679話 成長
本日未明に行われたらしいガストン君対フィルミーの手合わせは、僕の指示を概ね正しく守った騎士爵殿の勝利に終わったそうだ。
手合わせの場所が屋敷の玄関だったことや、ガストン君のやる気がこちらの予想を遥かに超えてきたことなどが原因で若干建物に被害が出たようだが、次期アルテミトス侯爵の成長を思えば小さなことだ。
また屋敷を壊したのかと頭を抱える文官達には、責任は屋敷内で暴れるなと伝えるのを失念していた僕にあると説明して納得してもらっている。
責任を取れる上司。
それが僕、レックス・ヘッセリンクだ。
【速さ、低さ、角度。どれをとっても最近では一番の土下座でした】
へへっ、よせやい。
さて、コマンドに褒めてもらって気分が上がったところで、一部始終を観戦していたというメアリから次期アルテミトス侯爵対元アルテミトス公爵領軍斥候隊長の早朝マッチの詳細について改めて聞いておこう。
驚くべきことに、開幕アタックはフィルミーの奇襲だったらしい。
いきなり殴りかかったあと一言二言交わしたかと思うと、そこからは足を止めての肉弾戦が展開されたそうだ。
そこで屋敷への被害を考慮して外に出た方がいいと思いつかなかったんだから、ガストン君を相手にしたことで、フィルミーも普段の冷静さを欠いていたのかもしれない。
「よせばいいのに、相手の攻撃全部まともに受けてやるんだからイカれてるぜ。しかもイリナが見てる前で。いや、フィルミーの兄ちゃんが異常に打たれ強えのは知ってるけどさ」
その時の光景を思い出したのか、顔を顰めながら言うメアリ。
早朝とはいえ文官陣やメイド陣は既に動き始めており、フィルミーの奥さんであるイリナもこの一戦をメアリと共に観戦していたらしい。
「可哀想に。イリナはさぞ怯えていただろうな」
優しい旦那さんが他人と殴り合う姿を見せられるなんて、心優しいメイドさんには耐えられなかったんじゃないだろうか。
「あ? イリナがそんなタマかよ。拳振り上げながら旦那に声援送ってたぜ? で、うるせえってアリス姉さんにしばかれてた」
我が家の女性陣は逞しいなあ。
「フィルミーは、実力差をわからせてやれという昨晩の僕の指示を忠実に守ったわけだな。勤勉な家来衆には、賞与を検討しなければならないだろう」
一方的に叩き伏せるのではなく、攻撃が効かないことをアピールしたうえで強めに打ち返して沈める。
素晴らしいプロセスだと家来衆の働きに頬が緩む僕とは対照的に、弟分は渋い顔だ。
「悪いこと言わねえから、その賞与は屋敷の修繕に回しとけって。文官連中に屋敷の軒先に吊るされても知らねえからな?」
それはいけない。
そんなことになったら、どこからかそれを嗅ぎつけた知り合いのおじさん達が、僕を笑うためだけにわざわざ遠征してくる可能性がある。
賞与は一旦保留。
代わりに少し値の張るお酒でもプレゼントしておくか。
「まあ、ガストンの兄ちゃんも頑張ったと思うぜ? 根性見せたよ」
早速フィルミーに渡す酒の選定を進めていると、メアリがそんな風にガストン君を称える。
「ほう。具体的に、どう頑張ってどんな根性を見せた? 内容によっては、アルテミトス侯にご報告しなければ」
狂人レックス・ヘッセリンクからのお墨付きがどれだけガストン君の評判回復に繋がるかはわからないけど、なにもしないよりはいいはずだ。
僕にできることは、アルテミトス侯に息子さんの成長を認める文を送るところまで。
それをどう使うかはあちらの判断に委ねよう。
さあ、フィルミーとの乱闘において、彼がどんな成長を見せたか教えてくれ。
「アルテミトス侯もきっと驚くぜ? なんと、フィルミーの兄ちゃんにバチバチにどつかれたってのに、最後まで立ってたんだよ!」
ん?
んー。
「他には?」
別のエピソードプリーズ。
「え、ないけど」
まさかのネタ切れ!?
「流石のアルテミトス侯も、僕からガストン殿の打たれ強さを褒められたとて、どうしようもないだろう」
『お宅の息子さん、うちの家来衆とサシで殴り合ったにも関わらずワンパンで沈みませんでしたよ! めっちゃ丈夫w』って報告するの?
それは先方もさぞ戸惑うだろうさ。
しかし、僕の反応を受けたメアリは何を言ってるんだとばかりに身を乗り出してくる。
「いやいや。兄貴の召喚獣見た瞬間ションベン漏らして気絶した情けない男が、たった数年でヘッセリンクと一対一で殴り合っただけじゃなくて、ボコボコになりながら根性だけで最後まで立ってたんだぜ? 十分すげえよ。柄にもなく感動しちまった」
あるじゃないか素敵なエピソード。
危うく特筆すべきことなしってお手紙するところだったよ。
「なるほどな。伝えるべきは、ガストン殿の打たれ強さではなく、根性と心意気のほうか。参考になった。心身ともに素晴らしい成長を目の当たりにしたと伝えれば、アルテミトス侯も喜ばれることだろう」
「ガストンの兄ちゃんがアルテミトス侯爵になるってことは、兄貴の味方が増えるってことだからな。そういう意味でも俺はあの人のこと応援してるぜ?」
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