第673話 緊急招集 ※主人公視点外

 例年であれば穏やかな気候が続く季節にしては珍しく、レプミア王国国都の空を暗い雲が覆い尽くしたその日。

 王城にほど近い場所にある最高級とはいかないまでも、貴族が普段使いするのに充分耐えうる酒と料理を提供するこの店に、私を含めた六人が顔を揃えた。


「諸君。多忙ななか集まってくれたこと、心から感謝する」


 全員に飲み物が行き渡ったのを確認し、我々を率いる彼がグラスを掲げて乾杯の音頭をとる。

 それに合わせて全員がくいっと中身を飲み干した。

 くっ、喉が灼けるようだ。

 思わず顔を顰めたのは私だけだったが、他の五人もすぐに水を含んでいるので、やはり普通の酒ではないらしい。

 よくよく聞いてみると、なんと彼の方が贔屓にしている酒蔵の商品だと言うではないか。

 この強さの酒を愛飲されているとは、流石だ。

 乾杯以外は常識的な酒精のものが用意されていることを知り、ほっと胸を撫で下ろしたのは私だけではないだろう。

 軽くお互いの近況の報告などをしつつ、話は今回の招集経緯に移っていった。


「まさかこれほど多くの皆が集まってくれるとは。招集をかけておいてなんだが、驚いた」


 グラスを片手に長が笑うと、私達の中では一番年上の彼が大袈裟に両腕を広げながらおどけたように言う。


「普段冷静な君があのように取り乱した文を送ってきたんだ。それは何をおいても駆けつけるさ」


「違いない。信じられないほどの文字の乱れに誤字脱字の大盤振る舞い。偽物かと思って危うく無視するところでしたよ?」


 そう言ったのは、私と同じ歳で、学院でも長い時間をともに過ごした友人。

 確かに。

 読み物のような美しい文体の文を書く彼にしては珍しく、まるで脅されて書いたような荒れに荒れた文だった。


「すまない。とにかく少しでも早く諸君らに直接報告したくてな。文の内容を見直したり書き直したりする暇すら惜しかったんだ」


 照れくさそうに頭を掻く長。

 十貴院に属する家の嫡孫であり、こと彼の方絡み以外で取り乱すところなど見たことがないというのに。

 

「それで? 私達を集めて一体何の用事かしら? ヘッセリンク伯に何かあったとしか思えない程の切迫感だったわよ?」


 この場で、というか、私達の仲間内では唯一の女性である彼女の言葉にどっ! と湧く室内。

 

「あっはっは! 敬愛するヘッセリンク伯に何かあったのなら、それはもう何を置いても駆け付けなければいけませんね」

  

 私がそんな軽い冗談で彼女に続くと、さらに皆が笑う。

 ただ一人、長を除いて。

 

「鋭いな。ヘッセリンク伯に何かあったわけではないが、ヘッセリンク伯に関係する話ではある」


「詳しく」


 最年長の彼が笑みを消し、真剣な顔でぐっと身を乗り出した。

 まさか本当にヘッセリンク伯絡みだとは思っていたかった彼女や私も、思わず居住まいを正す。


「先日、レックス・ヘッセリンクその人から私宛に文が届いた。中身は、オーレナングへの招待状だ」


 招待状。

 一体何の?

 私が首を傾げていると、それまで話を聞きながらニコニコと笑っていた面々も次々に口を開く。


「おいおい。まさか、それを自慢するためにわざやざ呼び出したんじゃないだろうな?」


「もしそうだとしたら、この場で殴り合うことも辞さないが?」


 いきり立つ私達を宥めるように、席を立って降参とばかりに両手を挙げてみせる長。


「君達全員と殴り合っては無事では済まないんだから冗談でもやめてくれ。それと、もしそんな自慢をするつもりなら、より文言にこだわった、優雅な文体のものを送るさ」


 お家柄か、文の質には自信を持っている長が、淡々と事実を述べるようにそう告げる。


「それはそれで腹が立つが、そうでないとしたら、一体? ……おい、まさか」


 殴り合いも辞さないと宣言したやや血の気の多い彼が、何かに思い当たったように目を見開き、それを見た長が歯を剥き出して男臭く、獰猛に笑う。


「ご明察。文の宛名は私だが、招待を受けたのは『護国卿を慕う若手貴族の集い』。つまり、我々全員だ」


 う、うおおおお!!!

 そんな、そんなことがあるのか!!

 ヘッセリンク伯が、私達を!?


「静粛に! 静粛に! 気持ちはわかる。私も文を読んでこの事実を理解した瞬間、嬉しさのあまり騒ぎすぎて、祖父に廊下に正座させられたからな」


 そんな情けない告白をする長。

 それを聞いた私達がいい歳をしてそれは若干情けないなと笑うと、ゆっくりと首を横に振る。


「忘れたか? 私の祖父はあの『狂った風見鶏』だぞ? 腕力で負けることはないのに、鋭い眼光を向けられ、底冷えするような声色で名前を呼ばれると、自然と膝を屈してしまう」


「いいわ。その話は一旦置いておいて、明るい話をしましょう。ついにヘッセリンク伯ご本人から組織としてお声かけいただくまでになったなんて、感慨深いわね」


 以前、ヘッセリンク伯と召喚獣による模擬戦を行ったことを自慢げに長に話し、きつい指導を受けた経験のある彼女が満面の笑みで言った。

 長も気持ちは同じらしく、何度も頷く。


「従兄上からは、可能な限り全員でオーレナングに来るよう指示されている。そこで、諸君らの都合を確認したい。我々は、万難を廃して西に向かう必要がある」


 なるほど。

 今日の招集は主にその日程調整が目的だったのか。

 うん、いいだろう。


「私は今日これからでも構いませんよ?」


 仕事?

 大丈夫。

 滞ったなら後で挽回すればいいだけの話だ。

 すると、皆も次々と私に続くように声を上げる。


「私も問題ない」


「私もちょうど暇だったところだ。ああ、本当さ」


「奇遇ね。私もちょうど長期休暇中なの」


「いや、君のだけは絶対嘘だろう。立場的に一番融通が効かないのは君だ」

 

 流れで押し通せると思ったのだろうが、流石に厳しい。

 なぜなら、彼女は国軍所属の召喚士。

 偶然長期の休みが取れているわけがなく、それを長に指摘されて頬を膨らませている。


「じゃあ、今から仕事を辞めてこようかしら」


「馬鹿なことを言うんじゃない! そんなことになったら私達が国に睨まれてしまうぞ!」


「はっはっは! 違いない! 国に睨まれては自由に活動できないし、なによりヘッセリンク伯に迷惑がかかるからな。我々が護国卿様の足を引っ張るわけにはいかない」


 皆の言うとおりだ。

 まだ活発に活動していないから国からの注目などないに等しい我々だが、護国卿の名を冠しているからには万一の失敗も許されない。


「くっ。今ほど国軍に所属していることを悔やんだことはないわ。少し時間をくれるかしら。これから上司と掛け合ってくる」


 そう言って皿の上の料理を口に押し込み、そのまま部屋を出て行く彼女。

 その姿を、残った皆が笑いながら見送る。

 

「まったく、止める間もないな。まあいい。彼女が無事休みを勝ち取れるよう祈ろうじゃないか」


 長の言葉を受け、全員がグラスを掲げて言う。


「彼女に、狂人の加護がありますように」


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