第674話 好敵手
アヤセから、僕のファンクラブ全員でオーレナングに向かうことが決まったと文が届いた。
かなり調整に手間取ったらしいけど、せっかくの機会だからと様々な手を尽くしたらしい。
アヤセはもちろん、ガストン君や国軍所属のカルピも多忙なはずなのに招待に応じてくれるなんてありがたいね。
そんな彼らがやってくる日が近づいてきたある日の昼過ぎ。
書類仕事の休憩がてらに庭に出ると、ユミカのパーフェクトヘッセリンク化が進められていた。
今日の講師は、熊さん使いのステムと、暗殺者系ピエロのガブリエ。
二人に見守られながら真剣な表情で木剣を振っていたユミカが、僕に気付いて駆け寄ってくる。
「お兄様だ!」
そのままの勢いで地面を蹴り、ジャンプ一番僕に飛びついてきた。
天使のことなので効果音を付けるなら『ぴょんっ』なんだけど、予想を超える結構な跳躍力を見せてくれる。
「おお、ユミカ。今日も頑張っているな。怪我をしないよう気をつけるんだぞ?」
飛びついてきたユミカを抱えてクルクル回ったあと地面に下ろし、頭を撫でてやる。
猫のように目を細めてぐりぐりと手に頭を押し付けてくる様は最高にキュートだ。
「ステム、ガブリエ。くれぐれもよく見ていてやってくれ」
講師陣にそう伝えると、一人はダウナーな表情で、もう一人は白塗りの顔に笑みを浮かべて頷く。
「承知。転んだりするくらいはあるかもしれないけど、まだ危ない真似をさせるには早いとジャンジャックさんからも言われている」
「危ない真似というのが不穏で気になるな」
何をさせるつもりだ。
まさか、単独で森に行かせようとか考えてないよね?
最近疎かになってたけど、ユミカの訓練計画を確認しておかないといけないな。
そう思っていると、僕の胸の内を読んだようにガブリエが首を横に振る。
「危ない真似っていうのは、剣を用いた打ち合いとか、要は実戦形式のことを指してるんだと思うよ。今はまだ身体作りの段階だけど、強度には細心の注意を払ってるから安心してほしい」
「頑張って跳んだり走ったり素振りしたりしてるの。お兄様、見てて!」
はいはい! と元気よく手を挙げたユミカが地面に置いていた木剣を拾い、上段に構える。
笑みを消し、真剣な表情で一点を見つめると、えいっ! という可愛い気合いと共に木剣を振り下ろした。
空気を切り裂くような、ブンッという音が庭に響く。
「これは、なかなか」
「すごいだろう? この歳でこの鋭さが出せるなんて、努力の為せる技さ。やはり強制されているのではなく、自らが望んで訓練に取り組んでいるというのが大きいのだろうね。ふふっ。昔の私もそうだった」
よくできましたとばかりにユミカの頭を撫でてやりつつ、ガブリエが懐かしそうに目を細めながら言う。
「ほう。やはりお前のその強さは、相当真剣に修行に取り組んだ結果なんだな」
我が家に馴染みすぎて忘れそうになるけど、この白塗りさんは元ジャルティクNo.1の暗殺者だ。
そこまで上り詰めるには、想像を絶する努力が必要だったんだろう。
「ああ、そっちじゃないそっちじゃない。自主的に望んで取り組んだのはこっちだよ」
ひらひらと手を振ったあと、ぽんっと手を合わせるとあら不思議。
どこから現れたのか、淡いピンク色をしたお花が二輪。
ガブリエの手に握られていた。
「わあ! 綺麗!」
「どうぞ、小さな淑女達♪」
目をキラキラさせているユミカに一輪、そして呆れたように肩をすくめるステムにも一輪を手渡したあと、おどけたポーズを決める道化師っぷりだ。
「ありがとうガブリエ姉様! 大好き!」
そう言って、今度はガブリエに飛びついて行くユミカ。
それを眺めながら、渡された花をどうしようか思案している様子の小さな召喚士に声をかける。
「ああそうだ。ステム。近いうちにお客様がくるのはハメスロットから聞いているな?」
「もちろん聞いている。伯爵様を慕うあまり各地で暗躍している若い貴族の皆さんでしょう?」
伝わり方に齟齬があるようだ。
どんな団体かを訂正しようとすると、ユミカを抱えたままのガブリエが首を傾げる。
「あれ? 伯爵様を慕うあまりに王様の命を狙うのも辞さない過激派の若手貴族の皆さんじゃなかったかな?」
齟齬どころじゃなかった。
こんな誤解を抱えたままでは歓迎どころじゃないだろう。
「やって来るのは僕を慕っているらしい心ある若手貴族の皆さんだ。暗躍もしていなければ過激派でもない。それで、だ。その中に一人召喚士がいる」
「……へえ」
僕の言葉を聞いたステムが、ダウナーな表情のまま片方の唇を釣り上げる。
「先方の同意があれば手合わせをしても構わないぞ? メアリ風に言えば、現在地の確認というのは必要だからな」
召喚士はそもそもの数が少ないから、手合わせの機会が限られていて自分の成長を把握しづらい。
カルピの召喚獣マーダーディアーはステムの相棒ボークンの脅威度と同等だから、同格の相手と手合わせをすることでステムの成長に繋がるんじゃないかと思う。
まあ、名付けによって独自の進化をとげている熊さんの脅威度については議論の余地があるだろうけど。
「そうする。お客様達にあまり興味はなかったけど、会うのが楽しみになった」
ステムもまだ見ぬ好敵手の存在にやる気になったようだ。
そんな同僚の姿を笑みを浮かべながら眺めていたガブリエが一転、表情を引き締めて僕に視線を移す。
なんだ?
「伯爵様。お客様のなかに道化師の技を習得した方は混ざっていないのかな?」
「うん、多分いないな」
…
……
………
〈読者様へのお知らせ〉
未来のお話も更新しております。
よろしければご覧ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます