第672話 サクラ

 ハメスロットと情報を共有し、ダイゼとアヤセへの手紙を書き上げ、さらに森に出て魔獣狩りにも復帰する。

 そんな密度の濃い一日を終えた満足感に浸りながら自室で一人晩酌を楽しんでいると、風呂上がりで髪を下ろしたメアリがやってきた。

 そして、手慣れた様子で戸棚から杯を取り出して勝手に酒を注ぎ始める。

 よくあることなので、僕も空の杯を差し出して注いでもらうと、メアリがニヤリと笑う。


「聞いたぜ、兄貴。アヤセの兄さん達をこっちに呼ぶらしいじゃん。随分思い切ったこって」

 

「ずいぶん耳が早いじゃないか」


 昼前にハメスロットからの提案を受けて承認したばかりなのに、夜にはこの弟分が知ってるなんて、どんなルートで情報が回ったんだろうか。


「そりゃそうだ。貴族の皮被った兄貴大好き集団が大挙して押し寄せるんだから、戦闘員には事前通達があるさ」


 どうやらハメスロットから戦闘員各位へのダイレクト周知だったらしい。


「僕を大好きな集団が遊びに来ると戦闘員に通達があるというのが、いまいち納得しかねるんだが」


【やむなし】


 僕は諦めないぞ!


「いい加減諦めろよ」


 心読まれた!?

 あまりに自然な脳内キャッチボールへの参入具合に一瞬心臓が大きく高なったけど、どうやらタイミングが合っただけらしい。

 僕の様子を気にした風もなく、メアリが言葉を続ける。


「アヤセの兄さんからして大概なのに、比較的まともそうなダイゼの兄さん抜き。しかも、まだ見ぬ曲者が来る可能性もあるんだろ? 要警戒どころか最警戒だって」


 まだ見ぬ曲者ねえ。

 断定はできないけど、真っ直ぐ純粋な人間は来ないんじゃないかとは思っている。


「とはいうものの、皆貴族の若者だぞ? 腕力面でそれほど警戒する必要があるのか疑問ではあるが」


 我が家の戦闘員は、鏖殺将軍、聖騎士、道化師、死神夫婦に騎士爵。

 このメンバーに警戒を求めるほどの腕力自慢が来る可能性なんて、限りなく低いんじゃないだろうか。

 

「詳しくは知らねえけど、噂じゃ暗殺者組織にカチ込んで潰しちまうような貴族の若者も、過去にはいたらしいからな」


 無二の親友であるリスチャードのことを悪くいうのは、この僕が許さないぞう!


【責任は半分ずつとは一体】


 知らない概念ですねえ。

 

「それはそれとして。強いて言えば、今回のお客様には国軍所属の召喚士が一人混ざってはいるな」


 ヘッセリンク派のNo.2に昇格したらしい、カルピ嬢だ。

 仕事が仕事なのでもしかすると来ないかもしれないが……いや、見積もりが甘いか。

 十中八九やってくるだろう。


「ほら見ろよ。ま、俺たちにもヘッセリンク伯爵家家来衆としての面子があるわけ。兄貴以外の貴族にオーレナングで好き勝手暴れられるわけにはいかないんだよ」


 つまり僕なら暴れてよし、と。

 

「考えすぎだとは思うがな。まあいい。案内の文は書き上げてあるが、明日送り出すところだ。従弟達がすぐにやってくるわけでもないし、むしろ調整には時間がかかるだろう。じっくり歓迎の準備をしようじゃないか」


「歓迎ねえ。迎撃の間違いじゃなければいいけど。ああ、多分ハメス爺あたりから注意があると思うけど、歓迎に森は使うなよ?」


 森を使うな……?

 オーレナングのメインアクティビティである、森を?


「おいおいメアリ。それでどう歓迎しろと? まったくおかしなことを言う奴だ」


「おかしなこと言ってるのはあんただよ。森に連れて行かなくても、屋敷でもてなして、あとは地下にでも行けばいいだろう」


「地下なんて、オーレナングで最も地獄に近い場所だが?」


 むしろそっちの方が酷くないか?

 あそこは、リアル鬼の棲家だ。

 そこに蝶よ花よと育てられた若手貴族の諸君を送り込もうだなんて。

 なんて悪い子なんでしょう。


「地獄は奥の方だけだろ。そこじゃなくて、温泉使わせるくらいはいいんじゃねえの? マハダビキアのおっさんの飯と地下の温泉。あとは兄貴が握手でも演説でもしてやったら完璧だと思うけどね。きっと感動に打ち震えるだろうさ」


 レックス・ヘッセリンク独演会。

 現地参加者特典として握手タイムもあるよ、と。

 コアなファンしか集まらないのが目に見えるな。

 いや、今回はそのコア層を招待するイベントだからいいのかもしれないけど。

 

「僕の演説を聞いて感動に打ち震えるようだと、将来が心配になるな。どちらかというと、僕みたいになってはいけないという趣旨の話をするべきか」


 演説のお題は、『レックス・ヘッセリンクを目指すための十の習慣』ではなく、『全方向から叱られないための十ヶ条』のほうで決まりだな。


「そうしてくれ。あ、その時は我が家の狂信者達を仕込んでおくから安心してくれよ」


「仕込み? デミケルやクーデルを立ち合わせて一体何をさせるつもりだ?」


「その二人が狂信者認定されてることにはなんら反論はねえが、あれだよ。兄貴がどれだけ寒い冗談言っても、場が冷え込まないよう、万全の態勢を整えておくってことさ」


 家来衆をサクラとして仕込む伯爵様。

 カッコ悪いよ。

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