第671話 決定事項共有
クリスウッド公爵領で妹や親友、さらには甥っ子と触れ合い、なんとも晴れやかな気分でオーレナングに帰還を果たした僕。
国都で行われたゲルマニス公、エスパール伯との会談の結果も上々だったし、さらには愛するエイミーちゃんがずっと一緒だったとなれば、疲労はあれど気力は十分。
帰ってきた翌朝からハメスロットを自室に呼び、留守にしていた間の書類に目を通しながら疑問点を確認していく。
上司が突然謎のやる気を出しても部下に歓迎されないのは理解しているけど、実際ノってるんだから諦めてもらおう。
幸い、ハメスロットは僕のテンションに疑問を挟まず、相変わらずの実直さで付き合ってくれた。
「エスパール伯爵領に別荘でございますか? それはまた、なんとも伯爵様らしくない」
ロソネラ公爵領との取引について二つ三つ確認した流れで別荘購入について共有すると、目を丸くしてそんなことを言う筆頭文官。
「らしくない自覚は僕自身にもあるが、せっかく次期エスパール伯自ら勧めていただいたことだし、あって困るものでもないからな」
購入の意思はある。
あとは資金が足りるかどうか。
我が家の金庫番も務めるハメスロットに資金的な余裕を確認すると、目を瞑って少しだけ考え込んだあと、浅く頷いた。
「先日奥様が割った床の修理も終わりましたし、緊急を要する支出の予定もございません」
あ、修理終わらせてくれたのね。
助かります。
「次に購入にあてる資金ですが。ジャルティク絡みの騒動の際、各所から奪……支援をいただいた見舞金もだいぶ残っておりますし、森の異変の調査資金名目で王城から引き出すことに成功したものもそのままになっております」
つまり、資金はある。
だけど、それらの金を受け入れた経緯と使途が一致していないことをどう考えるか。
「うん。全投入で」
【気持ちいいほどの即決。流石でございます】
お金に色は付いていないからね。
遠慮は無用だ。
ハメスロットも慣れたもので、眉一つ動かさずに結論を述べる。
「であれば、購入に支障はないかと」
「よし。では、正式にエスパール伯に文を出そう。なんでも、状態のいいものが売りに出されているらしい。他所に抑えられる前に動くぞ」
早速エスパール伯爵家宛に手紙を送る準備に取り掛かる僕を見て、一応、と前置きをしてハメスロットが口を開く。
「正確な金額がわかりましたらすぐにお知らせください。もし予算を超えるようであれば、私どもで先方と折衝いたします」
「頼む。別荘を購入したら、お前達家来衆の休暇でも使えるようにするつもりだ」
「……貴族の別荘が建ち並ぶ地で心安らかに休暇を楽しめる家来衆は限られると思いますが、お心遣い自体には感謝申し上げます」
その視点はなかったな。
確かにバカンスに来たのはいいけど周りは貴族ばかりじゃくつろげないし、ヘッセリンクの縁者だとばれて絡まれたりなんかした日には目も当てられない、か。
よし。
「家来衆が別荘を使う際には、妙なちょっかいを出されないようエスパール伯領軍に巡回を密にしてもらうか」
「それは余計緊張しそうですな。もしくは、ヘッセリンクの家来衆が北の地でよからぬことを企み、領軍がそれを警戒しているのではないかと界隈がざわつきそうです」
「馬鹿な。企むならオーレナングで企むさ。ああ、企むで思い出したが、うちの子供達とヘラの子の顔合わせもエスパールで行う予定なのでそのつもりでいてくれ」
それを聞いたハメスロットがそれはそれは、と苦笑いを浮かべた。
子供も含めた移動となると、それだけ考えないといけないことが増えるからね。
「盛りだくさんですな。他に国都やクリスウッド公爵領で決めてこられたことはございませんか? あるなら今ここで吐いていただけますと幸いです」
まさかの下手人扱い。
しかし、そう言われると他にもまだ何かあったような気がして記憶を遡ってみると、ある事に思い当たる。
しかし、それは本当に私事なので、ハメスロット達を巻き込む話でもない。
「あー、ない……いや、あるといえばあるが、お前達の手を煩わせるようなことではないから心配無用だ」
「伯爵様。心配するしないは、ぜひこちらで判断させていただきとうございます」
丁寧な言葉に毒を含んでくるハメスロット。
いいからさっさと吐けよ、と。
OK。
「従弟や次期エスパール伯が属する、護国卿を慕う若手貴族の集いのことは知っているな?」
「ええ、もちろん。通称ヘッセリンク派と呼ばれる皆様ですね」
そうそう、それ。
王城からきっちり監視されてるらしい僕のファンクラブね。
僕のファンクラブだから監視されているのか、構成員がやべーから監視されているのか。
【両方でしょうね】
ですよね知ってた。
「ダイゼ殿が活動できなくなることから幹部の入れ替えが行われたらしい。これまで意図的に接触を避けてきたが、そろそろ頃合いかと思ってな」
僕の知らないところで暴れんじゃねえぞと、極太の釘を刺す日がやってきたということだ。
もちろん、知ってたら暴れていいというわけではないことも合わせて叩き込んでおくつもりです。
「よろしいかと思います。ふむ、思い切ってオーレナングに招待してみてはいかがでしょう。ここであれば大抵のことはなんとかなりますので」
ハメスロットが、彼には珍しくニヤリと笑ってみせる。
おいおい。
ヘッセリンク派なんて名乗ってる過激派をわざわざオーレナングに招くなんてアイデア、もちろん採用だ。
そうと決まればアヤセにもお手紙しないといけないな。
ああ、あとユミカ用の武具保管庫を建てるんだったっけ。
まあ、それはまた後日伝えておこう。
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