第670話 未来の貴族家当主達 ※主人公視点外

 指定された時間に指定された店の指定されたドアをノックする。

 

「『狂人の息吹』」


「『濃緑の花束』」


 投げかけられた合言葉に躊躇うことなく返事をするとドアがゆっくり開き、見知った顔が満面の笑みで迎えてくれた。


「やあ、同志ガストン。久しぶり……という程でもないか。先日も楽しい時間をありがとう」


「こちらこそ、同志アヤセ。久しぶりという程でもないと言った割には、また鍛えた成果が出たのでは?」


 アヤセ・ラスブラン。

 現ラスブラン侯爵様の嫡孫にして、狂人レックス・ヘッセリンクの従弟にあたる男は、俺の言葉に恥ずかしげに、かつ誇らしげに胸を張ってみせる。


「わかるか? いや、敬愛する従兄、レックス・ヘッセリンクがカナリア公爵領に修行の旅に出られたと聞いてな。居ても立ってもいられず」

 

「ああ、それは俺も聞いた。後見人である父が、何が目的だと天を仰いでいたな」


 カナリア公に弟子入りするなら自分のところに来ればいいものを! と若干の嫉妬を含んだようなことも言っていたが、それは父の沽券に関わることなので、秘密にしておこう。


「目的……目的か。恐らく、我々が頭を捻ったところで、従兄上の真意に触れることはできないのではないだろうか」


 同志アヤセが疑うことを知らないような真っ直ぐな瞳のまま微笑む。

 以前はこの目を危ういと感じることもあったが、最近は心強く思うことも増えた。


「奇遇だな。父もなんだかんだでその結論に達していた。流石は頭領殿だ」


 護国卿を慕う若手貴族の集い。

 それが俺の属する団体の正式名称だ。

 未来の王たる王太子殿下を盛り立てるべく、その右腕に指名された狂人レックス・ヘッセリンクを補佐することを目的として組織された団体。

 その崇高なる理念を掲げた団体の創設者が、何を隠そうこのアヤセ・ラスブラン殿なのだ。


「頭領はやめてくれと言っているだろう? 同志ガストン。今日は我らの友、同志ダイゼを祝う席だ。上下は、なしで行こうじゃないか」


 同志ダイゼこと、ダイゼ・エスパール殿は同志アヤセの右腕として癖のある人間の多い集団をまとめてきた人物。

 その同志ダイゼがなんとこのたび、正式にエスパール伯爵位を継ぐことになったというから驚いた。


「まさか、これほど早く当主の座に就くとは……」


「我が友はすこぶる優秀な男だが、それでも相当苦労するだろう。なんと言っても、最も若い貴族家当主だ」


 現在最年少の当主は、我らが信奉してやまないレックス・ヘッセリンクだが、同志ダイゼはさらに若い。

 仲間の苦労を思い、二人して苦い顔になったのは仕方のないことだろう。


「しかも十貴院所属。我らが盛り立てられればいいのだが……、む?」


 同志アヤセが絞り出すように言った時、ドアがノックされた。

 

「俺が出よう。『狂人の息吹』」


 誰何するように鋭く問うと、笑いを含んだ声で正しい合言葉が帰ってくる。


「『濃緑の花束』。邪魔するぞ」


「同志ダイゼ。この度は、おめでとう」


 入ってきたのは今日の主役。

 ダイゼ・エスパールその人だった。

 同志ダイゼは、俺達を順に抱きしめて席に着く。


「予想よりも遥かに早くエスパール伯爵の座に就くことになり、いまだに戸惑いを隠せずにいるがな。しかし同志ガストン。多忙なのだろう? 悪いな、私事で呼び出してしまった」


「何を仰るやら。同志ダイゼは、過去の悪行で評判が地の底に落ちていた俺を色眼鏡で見ることなく受け入れてくれた恩人だ。父を殴り倒してでも駆け付けるに決まっているだろう」


 俺がこの団体に属することについて、反対意見も出たらしい。

 当然のことだと思う。

 ただ、反対意見を持つ者と一人一人話をし、俺の更生に賭けようと説得してくれたのが同志ダイゼだったのだと、複数の構成員から聞かされた。

 俺が頭を下げると、同志ダイゼが照れ臭そうに笑ったあと、茶化すように言う。


「アルテミトス侯を殴り倒すとは大きく出たな。勝てる目が?」


「ないな。だから死ぬ気で仕事は全て終わらせてきた」


「今の貴殿を知れば、次期アルテミトス侯爵に相応しくないなどと言う者はいなくなるだろう」


 同志ダイゼが言うと、同志アヤセも俺を励ますようにポンッと肩を叩いた。


「とはいうものの、悪評と違って前向きな評価というのは広まりにくいものだ。焦らず、一歩ずつ地固めをすることしか道はない。私達も手伝うから決して腐るなよ?」


「既に十分腐り切った。これ以上腐りようがないさ。と、俺のことはいい。今日は同志ダイゼのめでたい日だ……ん? また誰か来たようだな」


 再びのドアを叩く音。

 カルピ嬢か、それとも他の構成員が駆け付けたか。

 そう思い席を立つと、同志アヤセが眉間に皺を寄せて首を傾げる。


「妙だな。今日は三人だけのはずだが」


 招かれざる客。

 自然、剣帯から外していた剣に視線が向く。


「落ち着け同志ガストン。私が出る。何かあれば、その時は頼りにしているぞ」


 落ち着いた足取りでドアに向かう同志アヤセが、緊張を感じさせない穏やかな声で誰何する。

 

「どなたかな?」


「お邪魔して申し訳ございません。店主にございます。その、皆様にお届け物がございまして。失礼ながらお持ちいたしました」


 その声を受けた同志アヤセがこちらを振り返る。

 切迫した声色から、嘘をついているとは思えない。

 私達が頷くと、ゆっくりとドアを開ける。

 その向こうにいたのは間違いなく店主殿であり、両手で抱えていた包みを同志アヤセに手渡すとホッとした表情を浮かべた。


「手間をかけさせてすまない。これは些少だが」


 我らが頭領が懐から小銭を取り出して店主殿の手に握らせようとすると、なぜか激しく拒否し、逆に文を押し付ける。


「心付けなどとんでもないことでございます! それよりも、どうかこちらの文をご覧ください! では、私はこれにて」


 逃げるように去って行く店主殿。

 それを肩をすくめて見送った同志アヤセが、文に目を走らせたあと突然ワナワナと震え始めた。

 若手貴族の中でも豪胆で鳴らす頭領殿のその様子に、同志ダイゼが駆け寄って声をかける。


「どうした同志アヤセ。おい、アヤセ!?」


「ダイゼ。これを」


「この文がなんだというのだまったく。……まさか、嘘だろう? そんなことが」


 同志アヤセから押し付けられた文を読んだ同志ダイゼまでもが驚愕に顔を歪めたとあってはただごとではない。

 なにかあれば俺が二人を守る。

 そう息巻いて文をひったくり、鼻息も荒く目を通すと、そこには短くこう記してあった。


『貴殿が未来に向けて経験を積むことを期待する。 リオーネ』


「まさか、王太子殿下!?」

 

 俺が思わず絶叫すると、普段冷静に過ぎる同志アヤセもたまりかねたように叫び声を上げる。


「なぜ今日の宴をご存知なのだ! いや、そもそも包みの中身はなんだ!?」


 三人で半狂乱に鳴りながら紙を剥ぎ取ると、案の定というかなんというか、中身は酒瓶だったが、問題はその銘柄だ。

 太い書体で書かれたそれは、『狂人派』。

 王太子が遊んでいらっしゃるということはわかったが、だからといってできることもない。

 三人で真剣に話し合い、この酒は国都のラスブラン侯爵邸に厳重に保管しておくこと及び、封を切るときには安全を考慮しレックス・ヘッセリンクの同席を求めることを決定するに至った。

 余談だが、このあとの宴は三人とも深酒し、揃って記憶を失ったことを付け加えておこう。


……

………


《読者様へのお知らせ》

1.本日は二話更新です。第669話をご覧でない方は、そちらが本編ですのでぜひご覧ください。

2.番外編である『未来のお話16』を投稿しました。今回より未来のお話は別連載、家臣に恵まれた転生貴族の幸せな日常〜閑話『未来のお話』〜として投稿先を変更しております。

この後近況ノートにURLを掲載しますので、お時間ある方はご覧いただけますと幸いです。

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