第669話 おじさん

 翌朝。

 静謐かつ落ち着いた空間でクリスウッド公と朝食を共にする。

 

【ただの無言の朝食会場】


 バラすんじゃないよ。

 リスチャードはこの雰囲気を嫌って毎朝部屋で食事を摂るらしく、テーブルについたのは公爵、僕、エイミーちゃんの三人。

 唯一の癒しは、そんな空気の中でもニコニコしながら食事をしてくれる愛妻の存在だ。

 確かに味は抜群で、重たい空気を勘案しても星四つは固いだろう。

 とても美味しかったけど、店内がギスギスしていたので星を一つ減らしました、というやつです。

 食後のお茶までしっかり付き合ったところで、ようやく甥っ子との対面が許される。

 案内された部屋で待っていたのはリスチャードと、その妻であり僕の妹であるヘラ。

 とりあえず朝食の同席を避けた酷い親友の肩をどついておくと、間髪入れずにどつき返されて悲鳴をあげそうになったが、それはまた別のお話なので今は置いておこうか。

 気を取り直して、母親であるヘラの足にしがみついている甥っ子、エウゼに視線を向ける。

 うん。


「……この幼さで、整いすぎじゃないか?」


 おいおい、まんま小さいリスチャードなんだけど。

 男前偏差値どうなってるのよ。

 初対面の僕にまじまじと見られていても恥ずかしがる様子もなく、じっ……と目を合わせてくる甥っ子。

 なんだ、この既視感。

 

「そう? まあ、我が子ながら可愛いとは思うけど。ほら、見てよこの瞳の色。ヘラと同じなのよ?」

  

 本当だ。

 ハイライトのない濃い紺碧。

 あと、目が合ったらじっと見つめてくるのもヘラそっくり。

 既視感の正体はこれか。

 結論、可愛い。


「顔立ちはリスチャードそっくりで、瞳の色はヘラのものと同じか。なるほどなるほど。エイミー」


「ええ、連れて帰ることになんら異存はございません。サクリとマルディも喜ぶことでしょう」


 以心伝心とはこのことだね。

 なあに、我が家には子供達も増えてるし、一人増えたところでまったく問題はない。


「お兄様、お義姉様。家来衆の目がないとはいえ、堂々と誘拐の相談はおやめください」


 まったく表情を変えず、冷たい表情でツッコミを放つヘラ。

 これこれ。

 妹の視線は冷たくなくっちゃ!


【え……】


 あ、ごめん引かないでコマンド。

 

「ふふっ。冗談よ、ヘラさん。でも、子供達もだいぶ大きくなったのだし、いつか会わせてあげたいわ」


 エイミーちゃんがエウゼの頬をつつきながら言うと、リスチャードが頷きながらため息をついた。


「あたしもそれは考えてるんだけど。うちの公爵様がわかりやすく血迷っててね? 可愛い孫を領外に出すこと罷りならん! ってうるさくって」


 え? 

 あの家の位を上げることに心血注いで、十貴院に復帰できるなら自分はリスチャードの踏み台で構わないと言って憚らないらしいあのクリスウッド公が?

 

「そう。信じられる? 家のことしか頭にないあの男が、頬緩めてこの子をあやしたりしてるのよ?」


「他の場所ならともかく、オーレナングのような危険な場所に連れて行くことは許さないと。困ったお義父様です」


 ふるふると首を振るヘラ。

 あのお義父さんと上手くやっているのか心配していたけど、クリスウッドに務める友人ブレイドからの情報では、問題らしい問題はないとのことだった。


「ならうちの子達をこちらに連れてこよう。……いや、いっそのこともっと別な場所でもいいのか」


 オーレナングではいけない。

 かといってここに連れてくると、またクリスウッド公との音のない会食が待っているし、リスチャードが終始仏頂面。

 じゃあ国都? と考えた時、閃いた。

 

「お兄様。よからぬことを企むのはおやめください」


 閃いた瞬間、何かを察したようにノータイムで釘を刺してくるヘラ。

 なんら企んでないというのに、タイミングが良すぎて心臓が跳ねる。


「可愛い妹よ。兄はまだ何も言っていないぞ?」


「赤子でも読めるようにはっきり顔に書いてあります。面白いことを思いついた、と。お兄様のそれは大抵周りをやきもきさせますので、ぜひ自重してください」


 まったく心外だ。

 いくら愛する妹とはいえ、あまりに酷い発言には断固として抗議しなければ。


「ねえ。まあまあな低評価を受けてるのに、ニヤニヤするのやめなさいよ」


 指摘を受けたとおり、断固として抗議しようという思いとは裏腹に、なぜか緩む僕の頬。

 仕方ない、認めよう。


「久しぶりのヘラとの触れ合いだからな。それは頬も緩むというものさ」


 僕の自供に、リスチャードが相変わらずねと肩をすくめる。

 そんなに呆れるなよ親友。


「それに、特段やんちゃを思いついたわけではない。クリスウッドは、エスパール伯領に別荘を持っているな?」


「そりゃあもちろん」


 そうだよね。

 貴族のステータスであるエスパール伯爵領の別荘を、クリスウッドが持っていないわけがない。


「では、そこで子供達の顔合わせと行こうか。オーレナングでなければクリスウッド公の許可もまだ取り易いのではないか?」


「検討の余地はあるけど、なんでエスパールなのよ。国都でもいいじゃない」


「いや。先日エスパール側から、そろそろヘッセリンクも別荘を買わないかと打診されていてな。前向きに考えると答えておいたんだ」


 せっかくだから、別荘を初めて使う機会に合わせて子供達の顔合わせをセッティングするのはどうだろうかと閃いたわけだ。


「お兄様。無駄遣いは感心いたしませんよ?」


 大丈夫だ妹よ。

 お兄ちゃんも考えなしに別荘を買ったりしないし、そんか大金を独断で動かす度胸もない。


「無駄ではないさ。エスパール伯爵家との関係改善の証にもなるし、僕達家族はもちろん、休暇を与えた家来衆達にも開放するつもりだからな」


「ふーん。いいわ。とりあえず別荘を買ったら連絡しなさいな。まあ、未来のクリスウッド公爵とヘッセリンク伯爵が子供の頃から仲を深めるっていうのは悪くない考えだしね」


「いや? ただただ従兄弟同士、仲良くさせたいだけさ。どちらにとっても、味方は多いほうがいいからな」

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