第668話 クリスウッド

 エスパール伯との飲み会を終えた僕はオーレナングには戻らず、予定どおり妹であるヘラの顔を見るため、ついでにお友達であり義理の弟でもあるリスチャードの顔を見るためクリスウッド公爵領へ向かった。

 リスチャードの親父さんであるクリスウッド公は他の三人の公爵方と比べるとよりスタンダードな貴族様。

 顔を合わせるなり『三十も過ぎたんだからもう少し落ち着け』と苦言を呈してくるが、インパクトとしては友達のお父さんから軽く釘を刺されたくらいのものだ。


【つまりノーダメージ】


 僕としてはヘラとリスチャードの顔を見たらすぐにお暇するつもりだったんだけど、貴族的儀礼やマナー、そして面子に強いこだわりをもつクリスウッド公はそれを許してくれない。

 待っていたのは近況を語り合う会談からの、ほぼ会話のない会食。

 同席したリスチャードは親父さんの前なので安定の真顔だ。

 へい、少しは笑えよマイフレンド。

 僕を、というか、よその貴族をもてなした実績に満足したクリスウッド公から解放されたのは、夜も更けてからだった。

 やむなく一泊することになったんだけど、泊まるなら一杯くらいいいだろうということで、リスチャードと軽く飲むことにする。


「誑惑公の弟ねえ。噂くらいはあたしの耳にももちろん入ってたわよ? 大事件だったし」


 差しつ差されつしながらオライー君を雇用することになった経緯を話すと、リスチャードが杯を傾けながら言う。

 

「先代ゲルマニス公の隠し子の存在が発覚したとなれば、流石に貴族界隈はざわつくか」


 お家騒動につながる可能性は低いといっても、貴族の中の貴族なんて呼ばれるトップランカーの血を引く人間が増えるんだ。

 貴族社会的には一大スキャンダルだったんだろう。

 と、思ったけどそういう理由ではないらしく、軽く肩を竦めるリスチャード。


「貴族が今更隠し子云々でざわつくわけないじゃない。ざわついたのは、先代公爵が奥様や娘さんの手で簀巻きにされて屋敷に吊るされたからよ。同じ目に遭う心当たりのある貴族達が、奥様方から吊るされるのを恐れて一斉に大人しくなったらしいわよ?」


 吊るされる恐れのあるおじ様達がそんなにいるわけ?

 どうなってんだレプミアの貴族界隈。


「当時はまだ、我が家が情報網の整備に取り組み始める前か、直後くらいかな。ゲルマニス公ご本人からも聞いたが、そんなに面白い事件をこれまで知らなかったのは、惜しいことをした気分だよ」


「例えあんたの耳に入ってたとしても、先代の公爵が吊るされたくらい、ヘッセリンクからしたら大した話じゃないでしょ」

 

「大した話ではないが、きっと家来衆達とともに腹を抱えて笑えただろう?」


 僕の言葉に、リスチャードが呆れたように目を細めたけど、レックス•ヘッセリンクへの高い解像度を誇る親友はそれ以上何も言わず酒を飲み干す。


「それで? 久しぶりに会えたのは嬉しいけど、わざわざ何しに来たわけ?」 


「何しにもなにも、可愛い妹の顔を見に来ただけだが。甥っ子の顔も見たかったしな」


 そう。

 マルディが生まれる少し前。

 リスチャードとヘラの間にも男児が生まれている。

 明日の朝一で甥っ子と対面予定だ。


「そうよね。レックスならそうでしょうよ。なのにうちの公爵様ったらヘッセリンクが何をしに? ってうるさくって」


 本当に気が小さくて困っちゃうわ、と苦い顔のリスチャード。

 

「僕とお前が顔を合わせたら何かしら暴れるとでも思われているのだろうか。お互い妻も子供もいる三十路過ぎだというのに。いまだにやんちゃな印象で見られるのは甚だ遺憾だな」


「なんで責任が半分ずつみたいな言い方なのよ」


「親友とはそういうものだろう?」


 冷たいことを言うなよマイベストフレンド。

 どんな荷物もきっちり半分ずつ背負おうじゃないか。


「親友だからこそ違うことは違うって言ってあげられるのよ。感謝しなさい? 歳を取るとヘッセリンクに文句言う人間なんか減っていく一方でしょうから。あんた達も頼むわよ? この狂人様が暴れたら、構わないからしばき倒しなさい。あたしが許す」


 僕の言い分をばっさり切り捨てたあと、紹介するために同席させていた二人に物騒な許可を出すリスチャード。

 しばき倒す許可が出たこのタイミングで紹介したくないけど、仕方ない。


「少し前に学院の推薦で雇うことになった、文官のデミケルだ」


 僕の後ろに控えている坊主の大男が無言で頭を下げる。

 

「面構えが良すぎて護衛かと思ったけど、文官なのね。よろしく、デミケル」


 見た目ははっきり戦闘員だけど、中身は学院を優秀な成績で卒業した文官だよ。

 

「それと、こちらが今回の護衛、ガブリエ。強いぞ?」


 仮面なし、白塗りなしのガブリエが、強いという評価に満足そうに微笑みながら綺麗な礼を見せた。

 

「あんたがメアリやオドルスキの代わりに連れてきたんだから強いのはわかるわよ。それ以外の情報を絞ったのは、訳ありだからかしら?」


「絞ったつもりはないし、隠すようなこともない。ユミカを狙ってオーレナングにやってきたジャルティクの暗殺者の一人だったんだが、我が家に合いそうなので雇ってみた」


 うん。

 改めて口に出すと若干訳ありだな。

 それを言い出すと我が家の家来衆の大半がそうなんだけど。

 

「聞かなかったことにするわ。とりあえずよろしく、ガブリエ」


 追及してもしかたないと判断したのか、それ以上深掘りしようとせずラフにヒラヒラと手を振るにとどめるリスチャード。

 そんな親友に重要情報を伝え忘れたことを思い出したので、追加で開示する。


「副業は道化師らしい」


「どうでもいいわ」

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