第667話 イケニエ

 ああ、確かにアヤセに聞いた気がする。

 以前顔を合わせた国軍所属の召喚士のなかに、ヘッセリンク派に所属している人間がいることを。

 まさかダイゼ君の後任としてレックス・ヘッセリンク非公認ファンクラブのNo.2まで上り詰めているなんて思いもしなかったが、それはそれとして僕の召喚理論を実践してみせた若い彼は元気だろうか。

 

【もっとファンクラブの実態に興味を持ったほうがよいのでは?】


 いや非公認だし。

 下手に繋がりを深めると、色々良くないことが起きそうじゃない?

 僕が若手貴族を集めて何かしらよからぬことを企ててるとか誤解されても困るし。


【レックス様の知らないところでヘッセリンク派が暴発! 気づいた時には大量の狂人ポイントGET! 特典として王城にご招待のうえ宰相様とツーショットお話し会!】


 うん、そっちの可能性もあるよね。

 むしろそっちの可能性の方が高いか?

 久しぶりにアヤセに会って、ファンミーティングを企画するのはどうだろう。

 そこで直接大人しくしておいてくれと頼めば行儀のいいファンならいうことを聞いてくれるはずだ。

 いやしかし、ここからクリスウッド公爵領に向かうなら、これ以上予定は変更できない。

 何が最善か。

 考えろ、考えるんだレックス・ヘッセリンク!

 

【さあ、レックス様の出す結論は!?】


 ……予定の変更はなし!

 この後直接クリスウッドに向かう!

 冷静に考えたら、これまでもなんだかんだでアヤセ達が暴走した事実はないんだ。

 ここで焦ってアクションを起こさなくても、きっと大丈夫さ。

 

【この選択が、まさかあんな事件を引き起こすなんて。この時のレックス様は思いもしなかったのです】

 

 不穏なナレーションやめて。

 本当は、アヤセに直接極太の釘を刺しておきたいに決まってるさ。

 でも、あまりスケジュールをいじると留守を任せている家来衆達に負担がかかってしまうからね。

 

【クリスウッドに行くのを別の機会にすればいいのでは?】


 それは無理。

 早くヘラの顔見たいし。

 よし、未来の僕よ。

 あとは任せた。

 万が一この選択が原因で不測の事態が起きた場合は、ファンクラブを蹂躙するなり王城でスライディング土下座するなり好きにしてくれ。


「ヘッセリンク伯? いかがなさいましたか?」


 コマンドとの脳内会議が珍しく長引いた結果黙り込んだ僕を、ダイゼ君が心配そうに覗き込んでくる。

 いけないいけない。

 いつもどおり未来の僕を生贄にするだけの簡単なお仕事だったのに、結論を出すのに時間をかけ過ぎたようだ。


「ん? ああいや。ははっ、少し酔ってしまったようだ。昼には出発しなければならないからな。そろそろお暇するとしようか」


 もう朝だから寝る暇はないな。

 仕方ない。

 馬車の中でエイミーちゃんの肩を借りて泥のように眠ろう。

 

「そうでしたか。そうとは知らず引き留めてしまい申し訳ございません」


 僕が誤魔化すように曖昧に笑いながら立ち上がると、ダイゼ君が慌てたように頭を下げる。

 大丈夫、君に罪はない。

 

「構わないさ。むしろ今日はゆっくり話せてよかった。ダイゼ殿が伯爵位に就いた暁には、改めて酒を飲もう」


 主催はもちろん僕。

 メンバーはあの時の、伝説の王城監視付き飲み会の参加者を全員招集しよう。

 不参加なんか許さない。

 王太子?

 呼ぶわけないだろう、不敬罪で捕まるわ。

 なお、自ら乱入される分には妨げないこととする。

 

「ぜひぜひ。そうだ、我が領にもぜひ遊びに来ていただきたい。ヘッセリンク伯爵家は、我が領内に別荘をお持ちではなかったですね?」

 

 エスパール伯爵領に別荘を持つことは、レプミア貴族界隈ではステータスの一つとされているが、ダイゼ君の言うとおり、我が家はそれを所有していない。

 これまでの当主方といえば、オーレナングに引き篭もって魔獣を討伐するか、国都に行って奥さんと過ごすかの二つに一つ。

 さらに、意外と夏も涼しいオーレナングなので、避暑のために北に向かう必要もない。

 つまり、我が家がエスパール伯爵領に別荘を持ったとしても、得られるのはなんの腹の足しにもならない貴族としてのステータスだけなので、十貴院所属では唯一、ヘッセリンクだけがそれを所有していないそうだ。

 

「よろしければ、これを機に別荘のご購入を検討されませんか? 最近、状態のいい屋敷が売りに出されておりまして。父に相談する必要はありますが、ある程度勉強させていただけるかと」


 エスパール伯爵領は新婚旅行がてらに寄ったことがあるけど、美しい街並みと、街を守る鍛えられた衛兵さん達の仕事ぶりにいい印象が残っている。

 十貴院会議?

 おじ様方に捕まって吐く寸前まで酒に付き合わされた記憶しかありませんね。

 貴族としてのステータスに興味はないけど、子供も増えたし、エスパールとの関係改善を果たしたことを考えれば、年に一回くらい遊びに行ってもいいかもしれないな。


「屋敷の購入ともなれば私の一存では即答しかねるが、私達家族が使うのでもいいし、休みを与えた家来衆に使わせるのもありだな。うん、前向きに検討しておこう」

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