第666話 ダイゼ君と後任

 ユミカに鎧兜を贈ろうとしているらしいエスパール伯。

 カナリア公と被ってますよと伝えると、鎧兜なんかいくらあってもいいだろうとの回答が返ってきた。

 コマンド、聞きたいことがあるんだけどいいだろうか。


【承ります】


 エスパール伯の言う鎧兜が、素敵なドレスと帽子を示す隠語の可能性はないだろうか。


【ありません】


 オーライ。

 つまり、ユミカのお部屋に贅沢にお金をかけた鎧兜が二体並ぶことが決定したわけだ。

 この調子だとまだまだ物騒な贈り物が増える可能性があるので、オドルスキ宅に武具保管庫を増設することを検討しておこう。

 

 その後、三人で深夜まで飲み続け、呂律が回らなくなったエスパール伯が退場したところでお開きになったんだけど、帰ろうとする僕を呼び止めたのはダイゼ君。

 曰く、もう少し飲もうと。

 後輩に二次会に誘われてしまっては断ることもできず、ダイゼ君の部屋に場所を移す。


「ヘッセリンク伯。本日はありがとうございました。父も、ようやく胸のつかえが取れたのではないでしょうか」


 たまたま偶然一本だけコマンドに保管してもらっていた『火酒・髭親父』で乾杯すると、ダイゼ君が頭を下げてきた。

 わざわざ二次会に誘ったのも、これが言いたかったかららしい。


「繰り返しになるが、頭を下げられるようなことはしていないさ。十貴院に所属する伯爵位にある家同士。これからは手を取り合っていこうじゃないか」

 

「ええ。もちろんです。ご存知のとおり、私はヘッセリンク伯を信奉しております。くだらない嫉妬に身を焦がすことなどございません」


 親父さんの過去の行動をくだらない嫉妬だとバッサリ切り捨てながら杯を干したダイゼ君におかわりを注いであげつつ、僕も比較的軽めの髭親父をカパカパと空けていく。

 美味いな。

 国都にいる間にあと二、三本ストックしておこう。


「これまで私が飛び抜けて若い当主だったが、これからはダイゼ殿がいる。こんなに頼もしいことはない」


「右も左も分からぬ若輩でございます。引き続きご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 ご指導ご鞭撻と言われても……、いや。

 こんな僕でも一つだけ伝えられることがある。

 駆け出しのレプミア貴族家当主として覚えておくべき、『いろはのい』であり『一丁目一番地』。


「とりあえず宰相に酒を飲ませるな。万が一酔った宰相に出会ってしまったなら、恥も外聞もなく逃げ出せ。ああ、そんなダイゼ殿を誰も非難はしないとも」

 

 以上でレックス・ヘッセリンクからのご指導ご鞭撻を終了します。


「それほどまでですか……。いえ、ありがとうございます。胸に留めておきます」


 どうやら噂くらいは知っていたらしいダイゼ君が、顔を歪めつつ素直に頷いた。

 ぜひそうしてほしい。

 絡み酒の権化だからな宰相。


「しかし、なんだな。ダイゼ殿が伯爵位に就くとなると、従弟や仲間達が寂しがるな」


 僕の言葉に、ダイゼ君が穏やかな表情でゆっくりと首を振る。


「いいえ。同志アヤセや同志ガストンは、私が父の跡を継ぐことになったと聞いて涙を流して祝福してくれました。必ず追いつくから先に行って待っていてくれと」


 知らないところで、想像したよりも遥かに熱い友情エピソードが展開されていたようだ。

 聞いたところによると、以前王城に監視されながら強行した飲み会以降、アルテミトス侯爵家のガストンも加えた三人でつるんでいるらしい。


「それはそれは。ガストン殿はともかく、従弟についてはなんとも気の長い話だ」


 ラスブラン侯爵家の現当主は僕とアヤセのお祖父ちゃんであり、その後継者はアヤセのお父さん。

 従弟に順番が回ってくるまで相当の時間を要するのは確実だ。


「ええ。ですので、彼等が家を継ぐまで、ヘッセリンク伯へのご支援はこのダイゼが務めさせていただきます」


 ギラリと目を光らせながらニヤリと笑うという器用さを見せるダイゼ君。

 ああ、これはヘッセリンク派のNo.2の方ですわ。


「何を支援するつもりかは敢えて聞かないが、むしろ、ダイゼ殿を支援するのが私の務めだろう。頼りない先達かもしれないが、何かあれば頼ってくれて構わない。可愛い弟分のためなら何をおいても駆けつけるからな」


 理由はわからないけどせっかくこんな風に慕ってくれる後輩だ。

 腕力周りのことも含めてお兄さんが相談に乗っちゃうぞ♪

 というくらいのライトなテンションで伝えたつもりだったのに、予想外のリアクションが返ってきた。

 なんと、ダイゼ君が声を押し殺して涙を流しているではありませんか。


【泣ーかしたー泣ーかしたー♪ さーいしょーにー言ってやろー♪】


 報告先に宰相をチョイスしたところにセンスと悪意を感じるが、とりあえずそれどころではない。

 

「おい、なぜ泣く!?」

 

 動揺して声大きくなっちゃったよ!?

 こんなとこを家来衆の方に見られたら狂人ポイントがザックザクだよ!

 濡れ衣でも貯まるからね!


「も、申し訳ございません! まさか、憧れのヘッセリンク伯に、弟などと呼んでいただけるとは。感動のあまり目から汗が」


【感動の涙なのでセーフ!】

 

 どうやら冤罪でのポイント加算は回避できたようだ。

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、念のために話題を変える。


「従弟が率いているらしい例の集団での活動にも、参加できなくなるのだろうな」


 僕の言葉に、袖でぐいっと涙を拭いながらダイゼ君が頷いた。


「そうですね。護国卿を慕う若手貴族の集いというからには、貴族家当主が所属するわけにはまいりますまい。ですが心配は一切無用。我が友の右腕となる人物の選定は既に済んでおります」


 もちろん僕はその組織の人事の行方なんて一切心配していない。

 しかし、再びギラつきを放ち始めたダイゼ君の目を見ては、それを伝えることは憚られるわけで。


「……そうか。機会があったら挨拶させてもらおうか」


 そんなわかりやすい社交辞令を返すと、それを聞いたダイゼ君がなぜか笑みを深める。


「ご安心を。私の後任はヘッセリンク伯と面識のある人間です。国軍所属の召喚士でカルピ。ご存じでしょう?」


 

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