第665話 連チャン
ゲルマニス公との会談と飲み会を無事に終えた翌日。
朝からママンとエイミーちゃんに捕まってヘッセリンク御用達という仕立て屋さんに連行された僕は、母と妻が信じられないほど派手な色の布と糸を前に、ああでもない、こうでもないと意見交換する姿をただただ眺めるだけの時間を過ごした。
いつまでって?
もちろん夕方までだ。
夜の予定が埋まっていて本当によかった。
帰り際、解放感も手伝って店主のおじさんにラスブラン公からもらった小遣いの袋を釣りはいらないと伝えながら押し付ける。
おじさんが怯えたような顔をしていたのはきっと気のせいだろう。
屋敷に帰っていたら約束の時間に間に合いそうになかったので、今日の宴会会場であるエスパール伯爵邸に直接向かうと、リンギオおじさんと息子のダイゼ君が笑顔で出迎えてくれた。
「本日はお招きいただき心から、それはもう心から感謝いたします」
エスパール伯の私室らしい部屋に通された僕が二人の手をキツく握りながら頭を下げると、お父さんの方は訳がわからないとはっきり引いたような顔をしていたけど、息子さんの方はヘッセリンク派という名のやべえ組織のNo.2だ。
僕の様子など関係ないとばかりに杯を握らせ、なみなみと酒を注いでくる。
「堅苦しい挨拶はなしで参りましょう。さ、まずは一杯。ぐっ、と」
「おっとっと。これはこれは。乾杯の合図もなしとは、カニルーニャ伯あたりに知られたら雷を落とされてしまうぞ? ダイゼ殿」
僕がくいっくいっと杯を干すと、引いていたエスパール伯が苦笑いを浮かべながら言う。
「私も普段は堅苦しいほうだが、今日はこちらが無理を言って誘ったのだからな。それに、ヘッセリンク伯には迷惑をかけた過去があるし、礼儀だなんだと言うつもりはない」
「ああ、そのことを酔ってしまう前にはっきりさせておきましょう。私は過去のことは既に気にしておりません。それは家族も、家来衆も同じです」
エスパール伯と敵対したのは遠い昔のこと。
今はユミカに定期的にプレゼントを贈ってくる顔見知りのおじさんでしかない。
「私が言うのもなんですが、相互理解が足りず不幸なすれ違いが起きることなど歴史上珍しくもありません。大事なのは今。今日を機に、エスパールとヘッセリンクの仲が一層深まることでしょう」
【聞いたことのあるセリフですね?】
昨日の夜、ゲルマニス公が宴会の締めに使ったセリフを丸々拝借しました。
もちろん、恥ずかしげもなく。
【潔し】
「ヘッセリンク伯からそのような言葉をかけていただけるとは。このダイゼ、感無量です」
流石は誑惑公のお口から飛び出したワード。
ダイゼ君の心にこれでもかと深々と刺さったらしく、キラキラ輝く瞳でこちらを見てくる。
「おやおや。今までは貴族家当主と貴族家の後継者という間柄だったが、これから私達は同格。そんな態度ではお父上に叱られてしまうぞ?」
【セリフ丸パクリなのに先輩風びゅんびゅんなの怖い】
風魔法使いだから先輩風も吹かせちゃうぞ!
【なお、使える魔法はウインドアロー一択の模様】
手加減なしじゃないですかやだー。
「同格などと恐れ多い」
あまり遜るのもエスパール伯がいい顔をしないんじゃないかと心配だったけど、僕の視線を受けたお父さんは諦めたように首を振った。
「一応、公式の場で控えるなら好きにしろと言ってあるが……目に余るようなら文を送ってほしい」
公式の場で暴れるようならこちらで締めておく、と。
頼もしいです。
「ダイゼ殿との仲を深めるのはもちろんですが、エスパール伯にも貴族の先達として様々助言をいただきたく思います。例えば、そう。オーレナングの森を観光に活かす術など」
「諦めなさい」
ノータイムとはこのことか。
ただ、僕も由緒正しいヘッセリンクの一人だ。
ワンラリーで諦めるなんてそんな馬鹿な話はない。
「エスパール伯。そこをなんとか」
「生きながらにこの世の地獄を覗きたいなどという物好きなどそうはいまい。そんなものはカナリア公とその取り巻きの一部の変わり者達だけだ」
「なるほど。つまり、その物好きの変わり者を狙えと。そういうことですね?」
流石はレプミア有数の観光地を切り盛りするエスパール伯だ。
否定の中にヒントを織り交ぜてくるなんて、粋だね。
「どうしてもと言うなら止めはしないが、それはもう観光ではなく訓練が目的だろう」
盲点だった。
「……確かに。そうなると少し話が変わってしまいますな。残念です。魔獣が出ることにさえ目を瞑れば美しい森なんですが」
美しい緑と、魔獣達の血を吸うことで独自の進化を遂げた珍しい花々。
これを我が家だけで独占するのはもったいないんだけどなあ。
あ、我が家で思い出した。
「話は変わりますが、エスパール伯におかれましては我が家の天使ユミカを可愛がっていただき、ありがとうございます」
ユミカにプレゼントをもらうたびにお礼の手紙は送ってるけど、直接挨拶する機会はこれまでなかったからね。
僕が感謝を込めて頭を下げると、エスパール伯が今日一番の穏やかな笑顔が首を横に振った。
「あの子がいなければ、きっと私はいい死に方をしていなかっただろうからな。そういう意味では感謝するのは私の方なのだよ」
「オーレナングに戻りましたら、リンギオおじ様に手紙を書くようユミカに伝えておきます」
「それは嬉しいな。ぜひお願いしよう。ああ、そうだ。今、我が領きっての職人にユミカ嬢用の鎧兜を作らせているところだ。出来上がり次第送るので、よろしく伝えておいてほしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます