第664話 すっからかん
エイミーちゃんがよく食べることをカナリア公から聞き、客室一つを潰して食料を詰め込むという万全の態勢で僕達夫婦を迎え撃ったゲルマニス公爵家。
貴族の中の貴族がたった一人のために本気を出したんだ。
普通のよく食べる女性はもちろん、世に言う大食漢でも、十分に食い倒れさせることが可能な備蓄だったに違いない。
しかし、オーレナングの女神の胃袋は伊達じゃない。
その証拠に、メイドさんに呼ばれて姿が見えなくなっていたゲルマニス公が愉快そうに笑いながら戻ってきたかと思うと、僕達夫婦に向かって両手を高々と上げながら言う。
「レックス殿。降参だ」
降参と仰ると?
意味がわからず首を傾げた僕とエイミーちゃん。
一方のゲルマニス公は、掲げていた両腕を芝居がかった動きで大きく広げてみせた。
「食料がすっからかんだ! それよりなにより、料理人達から白旗が上がったらしい。奥方の完全勝利だ」
そう言われたとて、僕達の勝ちだああ!! なんて感情には当然ならない。
そうか、食い尽くしたかあ。
食料と一緒に料理人の皆さんのスタミナとガッツが尽きたのであれば、やむなし。
敢えて僕から申し上げるとすればそれはただ一つ。
「明日の朝食は大丈夫ですか?」
僕達のせいでゲルマニス公から家来衆の皆さんまで朝ご飯抜きなんて申し訳なさ過ぎる。
こんな時間だけど、ガブリエに走ってもらって我が家から最低限の材料を供給したほうがいいか。
そう提案すると、ゲルマニス公がそれには及ばないと首を振った。
「すっからかんは例えではないし、なんなら葉っぱ一枚ないと聞いているが、心配しなくても朝一で贔屓の店から持って来させるさ」
つまり、明日はゲルマニス公爵家お抱えの商人さんも家来衆の皆さんも朝から大忙しなわけだ。
「あー、大変申し訳なく」
「いや。あそこまで美味そうに食べてもらえたなら招いた甲斐があったというものだ。母や妹達も奥方を気に入ったようだしな」
エイミーちゃんは僕の側を離れてゲルマニス公爵家の女性陣の元に向かい頭を下げているが、お母様方が気にするなとばかりに代わる代わるハグしてくださっていた。
「幼い頃は領外に出ることがなく、家族以外と顔を合わせることもほとんどなかったと聞きます。今こうして様々な人々と触れ合うことを、妻が楽しんでくれているといいのですが」
僕と結婚した後も基本的にはオーレナングで過ごしているから、特に同世代の女性の知り合いが少ないエイミーちゃん。
夫である僕からしておじ様中心の交友関係なので仕方ないんだけど、二十代半ばの女性がわざわざオーレナングに来ることなんかないからね。
以前エイミーちゃんにそんな環境で寂しくないか聞いてみたんだけど、自分にとってはアリス達女性家来衆が歳の近い友人であり、姉妹みたいなものだから寂しくなんてないと笑って答えてくれた。
「カニルーニャの隠し姫か。腕っ節も相当強いと聞いているぞ?」
「ええ。私や家来衆とともに森に出て、魔獣討伐にも参加します。もし妻に本気を出されたら、私など十数える間もなく叩き伏せられるでしょう」
十でも少し盛ってるかもしれない。
カナリア公爵領で100日やそこら鍛えただけでは埋めることのできない隔絶したフィジカル。
それを勘案すれば、ファイブカウントで地面を舐める自信があるというのが本音だ。
胸を張ってそう答えた僕を、ゲルマニス公が胡散臭そうに見つめてくる。
「レックス殿が召喚獣を喚ばなかったら、だろう?」
それは当然の疑問なのかもしれないけど、前提条件が違う。
僕の中で召喚獣のみんなは、あくまでも魔獣なんかの凶悪な生き物を相手取る際に力を借りる存在だ。
【Q.ご先祖様】
A.凶悪な生き物だから矛盾はない。
「身内を相手に召喚獣を喚ぶことなど考えられませんからね。万が一妻と相対するときはお互い無手です。つまり、私に勝ち目はありません」
フィジカルファイターであるエイミーちゃんと、紙装甲召喚士である僕の殴り合い。
結末は火を見るより明らかだろう。
「まあ、二人の仲睦まじい様子を見ていればその可能性は限りなく低いということはわかった。その様子を見たオライーが自らに向けられた家族の愛を理解してくれればいいのだがな」
視線の先でエイミーちゃんを猫可愛がりする、ゲルマニス公爵家の優しげな女性陣。
そこに陰湿な影は一切ないが、目に見えない何かが隠れているのか。
はたまた思春期特有の言葉にできないあれこれが影響しているのか。
「私も気になるところではありますので注意して見ておくようにしますが、直接どうこうするつもりはございませんよ?」
僕の言葉にゲルマニス公がそれでいいとばかりに軽く頷く。
「あれは若いうえに頑固者ときた。周りが無駄に構って余計意固地になられては敵わないし、それでヘッセリンクに迷惑をかけては本末転倒だ」
「あの歳で我が家に迷惑をかけるほどの頑固さを発揮するなら立派なものですが。差し当たっては、ゲルマニス公が仰ったように余計なことを考える暇がないくらい働いてもらうことにしましょう。ああ、オライー殿の様子については定期的に文を出しますので」
「そうしてくれると助かる。いや、今日は楽しい時間を過ごさせてもらった。この宴を機に、ゲルマニスとヘッセリンクの仲が一層深まることだろう」
…
……
………
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