第662話 抜かりなし

 どちらかというと皮肉げな笑みを浮かべたり、豪快な笑い方をする印象の強いゲルマニス公が、優しく微笑みながら兄心を語る。

 誑惑公の顔しか知らない貴族の皆さんがこの顔を見たら、腰を抜かすかもしれない。

 そのくらい100%家族愛で構成された笑顔だった。

 しかし兄心か。

 わからなくもない。


「私も妹がおりますし、若い家来衆のことは弟妹のように感じています。ゲルマニス公のお気持ちはわかるつもりですよ」


「レックス殿に共感してもらえるとは心強い。まあ、ゲルマニス公爵などやっていると、本音で語っても何か企んでいるんじゃないかと邪推されもするが、俺もこれで身内は大事にしているんだぞ?」


 オライー君のために色々と環境を整えようとしている姿を見れば、その言葉に疑う余地はないように感じる。

 それに、誤解や邪推にかけては我が家をおいて右に出る貴族はいない。


「私もヘッセリンク伯爵を務めているせいで、同世代と親睦の宴を催しただけで王城に監視される始末ですが、家族と家来衆を心から愛していますからね」


「ああ、そんなこともあったな。錚々たる家の次代を担う面子がヘッセリンクの招集に応じて国都に集まったと、界隈がざわついたあれか」


 やっぱりざわついたんだ。

 飲みに誘ったメンバー全員の親から、漏れなく王城に連絡が行ったみたいだし、ゲルマニス公レベルになれば当然の如く把握しているらしい。


「肩書きのせいでおちおち友人と酒を飲むこともできません」


 そう愚痴をこぼすと、ゲルマニス公が軽く肩をすくめる。


「肩書きもあるが、レックス殿はそれを上回る暴れ方をしているからな。東西南北のうち北の隣国以外は蹂躙済みとは恐れ入る」


「少なくとも東西については陛下の指示に基づいたものですが、確かに我が家はそんな暴れ方をする家です。だというのに、可愛い弟君を送り込むことを決めたゲルマニス公にそこはかとない恐怖を感じます」


 要約すると、弟さんを地獄の入り口に派遣してくるラウルさんマジ怖えっす、ということになるが、相手もさるもの。

 

「ゲルマニス公爵など怖がられてなんぼの商売だ。レックス殿に恐怖を感じてもらえたなら、俺も上手くやれているということだな」


 ネガティブな響きしかない恐怖というワードを、見事にポジティブに変換してみせるゲルマニス公。

 このネガティブをポジティブに置き換える術は見習いたいところだ。


「貴方以上に上手くゲルマニス公爵を務められる人材が現れたなら、それはそれはレプミアの貴族周りは安泰でしょう」


「そうだといいがな。そういう意味では、そちらの子供達も苦労するはずだ。レックス殿の後継者は、果たして偉大なる狂人を超えていけるかな?」


 サクリとマルディ?

 どうだろう。

 マルディはまだ生まれたばかりだし、これからどんな才能が芽生えるかわからないけど、あまり泣かず、アデル達乳母の手を煩わせない大人しい子だ。

 ヘッセリンクには珍しい、穏やかな気質に育つ可能性があることを思えば、狂人なんて呼ばれることはないかもしれないな。

 既に脅威度Sなんていう魔獣を従え、幼いながらにヘッセリンクのど真ん中をひた走っているサクリの方が、今のところその二つ名を背負うことになる可能性が高いように思う。

 それはそれとして、この二つ名というものについて、前々からはっきりさせたいことがあった。


「ゲルマニス公。その狂人という二つ名ですが、私個人ではなく家につけられたものです。ゲルマニス公爵家が『貴族の中の貴族』と呼ばれているようなもので、私個人には『炎狂い』や『巨人槍』のような二つ名は存在しません」


 付き合いのあるおじ様方が揃ってその辺りを勘違いしているようなので困ってしまう。


「そういう認識なのか。なるほどな。では、俺がなにか付けてやろうか? 俺が適当に噂を流したら、定着までそう待たせることもないが」


 大将がとんでもないこと言い出しましたよ。

 二つ名っていうのはその人物の功罪に合わせて自然発生的に表れて、いつの間にか定着するもののはず。

 つけてやろうか? と言われてご馳走様です! と受け入れるのは違う気がする。


「ゲルマニス公自らの名付けとは大変有り難いお申し出ですが、お断りします。ニヤニヤ笑うのはおやめください。いや、本当に」


 表情を見たら悪ふざけする気満々なのが見え見えだし、心からご遠慮願いたい。


「残念だ。まあ、家の二つ名が個人の二つ名でもいいだろう。国内だけではなく、四方のうち三つの国に喧嘩を仕掛けただけでも、それを名乗るには十分だ」

 

 ニヤニヤを深めてあくまで僕をいじる姿勢を崩さないゲルマニス公。

 そっちがその気ならこちらも負けてはいられない。


「個人で『狂人』という二つ名を背負える人間に可愛い弟君を任せようというのだから、ゲルマニス公に対する恐怖が一段と深まりそうです」


 肩を抱いて震える真似をしてみせると、そんな僕の様子が余程おかしかったのか大声で笑い出した。

 文字に起こすと間違いなくHAHAHA! だ。

 短くない時間笑い続け、うっすら浮かんだ涙を指で拭うゲルマニス公。


「では、そんな狂人殿にこれ以上怖がられないよう、軽く二、三だけ今後について打ち合わせをして楽しい宴といこうか」


「結構です。ああ、事前にお伝えしておりましたが、私の可愛い妻はとてもよく食べますので」


「皆まで言うな。奥方を招いた経験のあるカナリア公からも、倉庫を空にされたと聞いている。それを踏まえて材料はもちろん料理人の準備も済ませてあるさ。我が家に抜かりはない」


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