第660話 上司との面談

 王様との謁見開始が大幅に遅れたのは、直前に行われていたエスパール伯爵家の代替り問題についての話し合いが白熱したからだろう。

 久しぶりに顔を合わせるトミー君がわざわざ控室まで謝りに来てくれたけど、理由がわかっていることに腹を立てることもない。

 用意された大量のお菓子を頬張り、王城のメイドさんが淹れてくれる美味しいお茶をがぶ飲みしながら待つことしばし。

 ようやく準備が整ったというので、謁見の間に向かう。


「待たせてすまぬな、ヘッセリンク伯よ。此度の献上品も大変美味であった。礼と言ってはなんだが、土産を用意してあるから持ち帰るがいい」


 エスパール伯との面談でよほど疲れたのだろう。

 普段は快活な王様の顔に、はっきりと疲労の色が見えた。

 無理せず休憩をとってくれていいのにと思ったけど、それは僕から言うことではないので大人しく頭を下げておく。


「ありがたき幸せ。先般ご報告させていただいた大量発生以降めっきり姿を見なくなっておりましたので、遭遇したからには是が非でも仕留め、陛下に献上せねばと気張った次第でございます」


 もちろんそんな殊勝な考えはなく、オライー君や家来衆達と美味しく食べたあとに、『やべっ、王様に渡す分忘れてた!』と慌ててお土産分だけ確保したわけだ。


「うむ。まあ、余に献上しようと気張った割には量が少なかったように思わなくもないが、それは言うまい」


 チクチク言うじゃないですかやだー。

 しかし、食い道楽な王様がお土産の量に不満を漏らすことなど想定内だ。


「陛下に献上するべきは最高級の部位。そうなると、必然的に一匹から採れる量も限られてしまうのです。平にご容赦を」


 献上品は希少部位だから量が少ないのは勘弁してね。

 そんな僕の気持ちを受け取った王様の回答はこちら。

 

「竜種の肉なら筋張っていて噛んだら歯が折れそうな部分でも喜んで受け取ると伝えておこうか」


 それは一国の王様としてどうなんだろう。

 竜種のすじ肉で歯が折れた王様とか前代未聞すぎる。

 謁見した時、笑った王様の歯がなかったら笑いを堪える自信はない。

 いや、折れるのはきっと奥歯だから見えないしいいか。

 今度竜肉が手に入ったら、ご希望どおりすじ肉だけ送ることにしよう。


「しかし、その服。懐かしいな。ジーカスの奴が好んでよく着ておったわ」


 頭の中ですじ肉だけ送りつけられた王様のリアクションをシミュレーションしていると、僕の服に興味を示された。

 パパンを弟みたいに可愛がっていたのは知っているけど、着ていた服まで覚えてるなんてすごいね。


【この服は流石に一度見たら忘れないのでは?】


 それは確かに。

 

「陛下にご挨拶に伺うと母に伝えましたらこれを着ていけと押し付けられました。私はこう、もっと地味な色合いのものが好みなのですが」


「確かにヘッセリンク伯は黒やら白やらの地味な衣装を好んでいるようだな」


 僕の好みが地味なんじゃなくて、他の貴族が派手過ぎるというのが持論なんだけど、この世の常識では逆なんだと理解はしている。

 

「ただでさえヘッセリンクなどという目立つ家の出でございます。そのうえ服まで派手では人の目が気になって落ち着きません」


「お主が地味な服を着ようと派手な服を着ようと、『狂人』の二つ名を背負っておる以上人の目を避けることは無理だと思うがな。まあ、儀礼の場で恥ずかしくない格好をしてくれるならば、余からうるさく言うつもりはない。それで?」


 それで? とは。

 これ以上服のことでお話しすることはない。

 お土産の話も終わった。

 あとは帰るだけでは?

 そう思って首を傾げる僕を見て、王様が深々とため息をついた。


「白々しい。お前達ヘッセリンクに腹芸は向いておらん。ゲルマニス公爵家から人を迎えるらしいではないか」


 僕にとぼけたつもりはなく本当に忘れていただけなんだけど、そうも言えない雰囲気だ。

 どうやらこれが今日の本題らしい。

 竜肉の分け前が少ないという愚痴が本題じゃないことに少しだけほっとしたのは秘密です。


「よくご存知で。とは言うものの特段お伝えすることはございません。私がゲルマニス公に人手不足だと愚痴を言い、先方がそれなら考えてやらないこともないと人を出してくださった。そんなよくある流れでございます」


 そんな混じりっけなしの事実を述べると、王様の眉間に皺が寄る。

 

「そんな流れがよくあってたまるか。どうせ勢いで悪ふざけを仕掛けたらゲルマニスも乗ったとか。そんなところだろう」


「ご明察。流石は陛下」


「ゲルマニス公の末弟の話は余の耳にも入っておる。生まれの事情も、すこぶる優秀らしいこともな」


「王城側の情報収集能力を思うと震えが止まりません」


 いくらゲルマニス公爵家の血を引いてると言ってもオライー君は六男だ。

 それなのに、きっちり彼の為人まで調査を済ませているらしい王城側の仕事っぷりには頭が下がる。

 

「なに。大したことではない。先代ゲルマニス公が奥方達の手で屋敷の軒先に吊るされたとなれば調査せざるを得なかっただけだ」


 ああ、そういえばそうだった。

 家族や家来衆、領民の皆さんまで監視の元行われたビッグイベントだったらしいし、流石に王様の耳にも入るか。

 

「念のために伝えておくが、余はゲルマニスの人間をオーレナングに置くことに反対はしない。お主なら上手く使うだろうしな」


 おお、王様のお墨付きゲット。

 信頼してもらっているのは嬉しいね。

 真摯に伯爵業と向き合ってきた成果かな?

 なんて考えていると、王様が突然『バリューカをしばいて来い』と命じた時と遜色ない圧を放ちながら、こう続けた。


「ただし。それが原因でゲルマニスとヘッセリンクの間に余計な諍いが起きるようなら、遠慮なく介入させてもらうからそのつもりでいるように。賢いお主だ。余の言いたいことはわかるな?」


 YES、BOSS。

 ヘッセリンク、ゲルマニスと諍い起こさない。

 ヘッセリンクとゲルマニス、仲良し。

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