第659話 代替り

 ゲルマニス公との会談を翌日に控えた僕は現在、王城に来ている。

 今回のスケジュールに王城訪問は含まれていなかったんだけど、お土産で送っておいた竜肉を確認したらしい王様から、『国都に来ているらしいな? 顔くらい出せ』という親戚のおじさん的お手紙をいただいて急遽登城した次第だ。

 王様のとこに顔出してくると伝えてママンに渡されたのは、パパンのものだという黒の刺繍がびっしり施されたまっ黄色のシャツと、真っ黄色の刺繍がびっしり施された黒いズボン。

 ママンの圧力に負けて諦めて着てみると、不思議な既視感が僕を襲い、そして気付く。

 ああ、遮断機だこれ。


【流石は警告色が似合うレプミア貴族No.1です】


 本当に似合ってるかどうかはあとでゆっくり話し合うとして、そんな見た者の心をざわつかせる服装で王城の玄関に入ると、僕に気付いたらしい衛兵さん方が一斉に敬礼してくれた。

 表情が硬いのは、この主張が激し過ぎる服のせいだろう。

 さっさと用を済ませて落ち着いた服に着替えてしまおうと考えていると、後ろから声をかけられた。


「久しぶりですな、ヘッセリンク伯」


 振り返った先にいたのは、男性二人組。

 見知った顔に、思わず笑顔で駆け寄る。

 

「おお! エスパール伯ではありませんか。ご無沙汰をしております。ダイゼ殿も元気そうでなによりだ」


 過去には不幸な行き違いのせいで我が家による侵攻寸前まで関係が悪化したものの、今は修復が図られ、良好なお付き合いをさせてもらっているレプミアの北を治める大貴族。

 それがエスパール伯爵リンギオ・エスパールおじ様だ。

 エスパール伯は、僕が身につけた警告色ファッションをいつにも増して洒落ているじゃないかと褒めた後、若干渋い表情を浮かべた。


「貴殿が王城にいるということは、またぞろなにかヤンチャでも?」


 どうやら誤解があるようですね。

 それだとまるで僕が何かやらかしたときにしか王城に来ないみたいじゃないか。

 少なくとも今回はまだなにもしてません。


「まさかまさか。この度、ゲルマニス公爵家に縁のある人材を我が家で預かることになりまして。その件でゲルマニス公にご挨拶するために国都に寄ったのですが、そうなるとこちらに顔を出さないわけにもいかず」


 呼び出し状が来たと伝えるとほんとになにかやった感が出てしまいそうなので、念のために自主登城したことにしておく。

 

「噂は本当でしたか。ヘッセリンクとゲルマニスとは。それは王城側も警戒せざるを得ない」


 お父様と違い、息子のダイゼ君はニッコニコだ。

 ヘッセリンク派とかいう王城の監視対象でもおかしくない集団のナンバー2であるところの彼は、我が家が何かしら暴れることすらポジティブに変換されるらしい。

 性質としては、我が家のデミケルに近いだろうか。


「縁者同士が夫婦になるならともかく、ゲルマニス公の歳の離れたご兄弟が我が家に仕官するだけなのだがな」

 

「それがおかしなことだということを自覚する必要があるでしょうな」


 エスパール伯がため息と共に首を振る。

 そんなおかしなことが起きた原因が僕の悪ふざけだと知ったら、ダイゼ君は大喜びだろう。

 折角だからヘッセリンク派の首領であるアヤセにはリークしておこうか。


「父上。そろそろ」


 そのまましばらく談笑していると、ダイゼ君が控えめに父親に声を掛ける。

 

「ああ、足を止めさせて申し訳ない」


「いやいや。声を掛けたのはこちらだ。今日は、愚息にエスパール伯爵位を譲るための打ち合わせなのだよ」

 

 北の雄、エスパール伯爵家の代替り。

 まだ時間がかかるかと思ってたけど、きっと後継者であるダイゼ君が優秀だったんだろう。

 

「ついに、ですか」


「早過ぎるという声もあるが、伯爵候補でいる状態と実際に伯爵位を継いだ状態では、心持ちや日々の過ごし方に大きな差が生まれるだろうと」


 十貴院会議で憎々しげに僕を睨んでいた小物過ぎるおじ様と同一人物とは思えない、穏やかな微笑みを浮かべて言うリンギオさん。

 剃り落としたちょび髭と一緒に憑き物が落ちたと専らの噂だ。


「賢明なご判断です。私はエスパール伯のお考えを支持いたしますよ」


 先代が健在なうちに席を譲る方が健全に決まってるからね。

 僕がそう言いながら右手を差し出すと、エスパール伯ががっちりとその手を握り返してきた。


「ヘッセリンク伯も我が家の早期代替わりに賛成してくださったと、宰相には伝えておきましょう」


 宰相に余計なことを言うなと小言を言われそうだけど、ノーダメージだ。

 なんせ、宰相から小言を言われた経験が他の貴族達とは段違いなのだから。


【群を抜いて叱られただけなのに修羅場を潜ってきたみたいな雰囲気はいかがなものか】

 

 宰相にマンツーマンで叱られるのは、貴族的には修羅場だと思わないか?

 そんなコマンドとの脳内キャッチボールを楽しんでいると、エスパール伯が思い出したように言う。


「ああ、そうだ。ヘッセリンク伯。国都滞在中、時間をとっていただくことは可能かな?」

 

 時間?

 今日王様に会って、明日はゲルマニス公に会って、明後日の昼は服を仕立てに行くから。


「二日後の夜なら問題ありませんが、なにか?」


「愚息に席を譲るにあたり、私が原因で我が家とヘッセリンク伯爵家の間にできたわだかまりを取り除いておきたい。ついては、酒席を設けさせてもらおうと思うのだが」


 手打ちの宴会ということだろうか。

 我が家の家来衆フィルミーが、まさにこの場でエスパール伯を殴り倒したのが懐かしい。

 僕の中では森に招待した際に受けた謝罪で終わったことだし、今は定期的にユミカに贈り物をくれる優しいおじ様だという認識でいる。

 

「こちらはすでにわだかまりなどないという判断なのですが……結構です。お誘いいただけるのなら喜んでご一緒しましょう」


 ダイゼ君の伯爵様就任を後押しするためにも、我が家とエスパール伯爵家の関係が良好なことをアピールしておこうか。

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