第658話 お衣装

 ママンの私室でお茶などいただきながら、オライー君絡み以外の近況報告を行う。

 とはいうものの、こちらからの報告は、ママンのリクエストに従い『最近のパパン』と『最近の孫達』の二本立てになっているが。

 

「ところでレックス殿。ゲルマニス公との会談に臨むにあたって、それに相応しい服は用意してきたのでしょうね?」


 パパンと孫達の様子を聞いて満足したらしいママンが、思い出したようにそんなことを言う。

 今回は非公式とはいえ、貴族最高位たる公爵様との会談だ。

 貴族の慣例に従うとともに、先方への敬意を示すため、かなり派手な服を用意してきた。

 

「それはもちろん。ヘッセリンクの品位を貶めないよう、またゲルマニス公への敬意を表せるよう、吟味したものを持参しました」


 もちろんかなり抵抗はした。

 濃緑の布地なのはいいだろう。

 ただ、前から腕にかけて銀糸で森を縫い取り、バックプリントには贅沢に金糸を使って積み上げられた金塊を描くなんて、ヘッセリンクとしての自己主張が過ぎる。

 心から袖を通したくないと思えるほどの派手さだ。

 以前、その服をクローゼットで見つけた時には誰がいつこんなものを着るんだと頭を抱えたものだが、僕が今回これを着るんだと言われた時には再び頭を抱える羽目になった。

 そんな心中を知らないママンが疑わしげに僕を見た後、後ろに控える家来衆に声を掛けた。


「……ガブリエ?」


 察しのいい道化師系暗殺者。

 名前を呼ばれただけでママンの聞きたいことを正確に把握したらしく、すらすらと答えてみせる。

 

「オーレナングのメイド長アリスを筆頭に、女性家来衆全員で数日を費やして選び抜いたものを用意しております。伯爵様は激しく抵抗されましたが、奥様のお力添えもありご納得済みですのでご安心ください」


 だって、エイミーちゃんに『この服を着たレックス様は、きっと素敵なのでしょうね』なんて言われたら袖を通さないわけにはいかず。

 袖を通してしまったらユミカの絶賛を受けてしまい退けなくなってしまったと、そういうわけです。


「そう。ならばいいのです。幼い頃はあれだけ鮮やかな色の服が好きだったというのに、大人になってからは白だ黒だ灰色だと落ち着いた色がお好きなようですからね、レックス殿は」


 薄々気付いてたけど、あの目がチカチカするラインナップはやっぱりレックス・ヘッセリンクの趣味か。

 もう、目立ちたがり屋なんだから。


「公式の場でなければ服など落ち着いているに越したことはないでしょう。屋敷の中を金やら銀やらの服で練り歩く趣味はありません」


「ジーカス殿も黒を好んでいらっしゃいましたが、その代わりそれはもう豪華に銀糸の刺繍がされたものをよくお召しでしたよ?」


 黒×銀は確かにかっこいい。

 黒地に銀の刺繍があしらわれているくらいなら素敵かもしれない。

 だが、実態は違う。


「ええ、屋敷で見たことがあります。黒い部分が見えなくなるほど銀の刺繍がされた服ですね? あれならもう銀色の布地を用意した方が早いのでは?」


 見つけた時には、黒がほとんど見えねえ! とはっきり声に出して突っ込んじゃいましたよ。

 

「それと、お義父様はよく真紅の服を身に纏っていらっしゃいましたね。街を歩けば常に注目の的。『炎狂いが来たぞ!』とそこかしこから歓声が上がったものです」


 本当に歓声でしたか?

 悲鳴ではなく?


「お祖父様が森に出る際に着てらっしゃったらしいローブからして、あれですからね……」


 屋敷の玄関に飾られている歴代当主の装備品コレクション。

 その中にあるグランパの愛用ローブの柄は、ファイヤーパターンだ。

 

「ただ、私はそこまで服で自分を主張しようとは思っていません。ただでさえヘッセリンクの名は派手なのです。そのうえ服までとなると、悪目立ちが過ぎるでしょう」


「せっかく整った顔をしているのですから、金や銀とは言わないまでも、赤や橙など明るい色を身につければいいのにと母は思いますよ? エイミーさんもそう思わなくって?」


 ため息をつきながら首を振ったママンが、ニコニコと笑いながら会話を聞いていたエイミーちゃんに話を振る。

 

「もちろんレックス様は明るい色もお似合いになると思います。ごく稀にしかそのお姿を拝見することができませんので、屋敷で今回の衣装を試着された旦那様を見て、恥ずかしながら膝から崩れ落ちたのも事実です」


 ああ、あれは驚いた。

 エイミーちゃんの膝か部屋の床のどっちかが壊れたんじゃないかと思うほどの音が鳴ったし。

 安心してください。

 壊れたのはもちろん床の方です。

 修理しなきゃ。


「ほら、可愛いエイミーさんもこう言っているわよ? そうね。またラスブラン侯からお小遣いが届いているから全部注ぎ込んで国都にいるうちに一着仕立ててしまいなさいな」


 ママンが思い出したように席を立ち、棚の中からパンパンに膨らんだ巾着袋を取り出して僕に押し付けてくる。

 

「母上。ラスブラン侯にいい加減小遣いはいらないと伝えていただけませんか。とうに三十も越えて子供も二人いるというのに、祖父から小遣いをもらっていては示しがつきません」


「ラスブラン侯は策謀の仕込みくらいにしか自分のお金を使うことがない方です。構わないからもらっておきなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る