第650話 イメージアップ

 腕力に欠ける若者を森の深い場所に連れて行くのは常識的に考えて憚られるため、とりあえず浅層の中層寄りをお散歩することにした。

 ダイファンが若干不満げだったのはもちろん黙殺しておく。

 このゲルマニス公によく似た若者に何かあったら、我が家にゲルマニス公爵家からのヘイトが向く可能性があるんだからしっかり仕事をしてください。

 

「オーレナングの森は、世間一般に知られているようなおどろおどろしい場所ではなく、緑豊かな美しい場所だと兄は言っていました」


 僕の横に立つオライー君が、森を見回しながら硬い声で言う。

 

「実際に目の当たりにした感想はいかがかな?」


「この状況を緑豊かな美しい場所と評した兄は、正しくゲルマニスなのだなと再認識いたしました」


 森は間違いなく緑豊かで美しい。

 色とりどりの花々さえ咲いている癒される場所だ。

 ただし、足元に転がる魔獣の死骸にさえ目を向けなければ。

 次々に襲いかかってきてはダイファンや我が家の家来衆に屠られる魔獣の姿に恐怖を感じているらしく、青い顔をしていた。

 

「はっはっは! まあ、それくらいの精神性を持っていなければ、貴族の中の貴族などというレプミア貴族の中でも最も重たい二つ名を背負えないのだろうな」


 エスパール伯絡みでオーレナングに来て森に入った時も、『あー楽しかった』くらいの、まるでアクティビティを楽しんだようなテンションだったゲルマニス公だ。

 二つ名程度、重荷だとは思っていないのかもしれない。


「重さでいえば、ヘッセリンク伯の狂人もかなりのものだと思いますが」


 オライー君の言葉を聞いた僕は、恥も外聞もなく深々と頷いて肯定してやる。


「重た過ぎてどうにか捨てることができないか日々模索しているところだ。とはいうものの、今のところ私が世間一般で思われているよりも穏やかで気のいい性質だということを根気よく周知する以外に方法は思いついていないがな」


 俗に言う草の根活動というやつだね。


「穏やかで気のいい、ですか」

 

「何か?」


 引っ掛かりを覚えたように首を傾げたオライー君に尋ねると、はっとしたように目を見開いてブンブンと首を振ってみせる。


「いえ。確かに仰るとおりです。兄にはそんなことはあり得ないと言われていたのですが、目が合った瞬間罵倒されたりするのではないかとビクビクしておりました」


 そんなわけないだろいい加減にしろ!

 え、そこまで歪んだ見方になってる?

 そうだよね、貴族界隈ですらレックス・ヘッセリンクの真実が歪曲されているのに、一般の方に僕のポジティブな面が正しく伝わっているわけがない。

 

「メアリ。オライー殿の試験が終わり次第本格的に印象の改善に着手するぞ。状況は想像を遥かに超えて悪いらしい」


 むしろ、もうここでオライー君に合格を言い渡して屋敷に帰り、家来衆を全員招集して我が家のイメージアップ作戦について協議したい気分だ。

 

「何を今さら。兄貴の、というかヘッセリンクの悪評はちょっとやそっとの対策じゃひっくり返らねえくらいには底だよ」


 やめて!

 そんなリアルを突きつけないで!


「知っていた。知っていたが、未来ある若者にまでそう思われているとなると、かなりマズい。僕が王立学院に卒業生として顔を出したりしたら、恐怖で泣かれる可能性すらあるぞ」


 OBのヘッセリンク先輩です! からの、阿鼻叫喚。

 くっ、これは想像しただけで胸にくるな。

 どこの魔王だ僕は。


「泣いた時点でうちへの仕官はなしだから選別方法としてはありじゃね?」


 なしに決まってるだろう。


「そしてまた評判を落とすのか? とんでもないな。サクリやマルディのためにもできるだけ我が家について回る狂人の印象を薄めておいてやりたいというのに」


 そう。

 なにも僕は自分のためにイメージアップを狙っているわけではない。

 あくまでも子供達の、そして次世代のためのイメージ改革だ。

 その過程で僕の評判も回復すれば、なおよし。

 

「実際にヘッセリンク伯とお話しする機会を得ることができればいいのでしょうが……」


 僕とメアリのやりとりを眺めていたオライー君がそう呟く。

 話をする機会か。

 なるほど、一理ある。


「王立学院で講演でもしてみるか」


「何を語る気だよ」


 失礼な。

 腐っても伯爵様なんだから若者に語れることくらいあるに決まっているだろう。

 そう、例えば。


「召喚術についてなんかどうだろうか」


『上級召喚士が教える! 教科書には載っていない召喚理論』なんて受講者が殺到しそうじゃない?


「グッとしてパッ、って? 名前名乗るのと合わせても十数える間に終わるぜ」


 否めない。

 そうすると、魔獣の生態とか、十貴院の真実とか、宰相の酒癖の悪さとかかなあ。


「よし、この話はあとでハメスロット達も含めて詳細を詰めるとして、今はオライー殿の試験に集中しようか」


……

………

《読者様へのお知らせ》

KADOKAWAホームページ上に、本作二巻の表紙などがアップされております。

URLを昨日投稿の近況ノートに載せておりますので、ぜひご覧ください!

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