第649話 実技試験(家来衆)1
翌朝、屋敷の前に集まったのは我が家への就職希望者であるオライー君と護衛のダイファン。
そして、試験官としてピクニックに参加するよう指名したフィルミー、メアリ、クーデルの三人。
ジャンジャックとオドルスキ?
二人は既に森に入って仕事に精を出している。
昨日ダイファンと楽しんで滞った分を取り戻そうと、朝も早くから連れ立って出かけたらしい。
あの二人が組んでるなら、明日はまたたくさん討伐報告作らないといけないだろうなあ。
頑張れ文官諸君。
「おはよう。オライー殿。よく眠れたかな? 今日は、貴殿が我が家の家来衆として相応しいかどうかを見極めるための実技試験を執り行う」
僕の言葉に表情を引き締めるオライー君。
「そう固くなる必要はない。正確には実技試験ではなく職場体験だからな。このとおり、万全の体制で貴殿を守る」
家来衆に視線を向けると、代表して我が家のトップ肝臓こと、フィルミーが頭を下げた。
我が家では僕と同等の爽やかさを誇るフィルミーが加わると安心感が違うね。
「まさか、森に入る機会があるなんて思いませんでした」
森を前にして緊張を隠せない様子のオライー君が硬い声で言う。
それにしてはあっさり集合したものだ。
森に行くよ! からの、はいわかりました、という、まるで想定していたかのような反応だった。
「本当に機会がないと思っていたかな?」
探るように聞くと、ダイファンをチラ見した後、首を横に振ってみせる。
「……いえ。兄からは、おそらく早い段階で連れて行かれるだろうとは言われていました」
「流石はゲルマニス公だな。我が家への理解が深い」
【新人を森に放り込むのは唯一、レックス・ヘッセリンクのみ】
かっこよさげに言ってるけど、どう聞いてもひどいやつなんだよなあ。
最近だとザロッタ、リセ、デミケルと、面接即森がお約束みたいになってるから反論もできないけど。
「まあ、文官であるハメスロットもデミケルも早い段階で森を体験したし、エリクスに至っては森に不法侵入した経歴の持ち主だ。言ってみればヘッセリンク伯爵家に務める文官の通過儀礼のようなものだと思ってくれ」
僕のとんでもなく乱暴な理論を聞いたオライー君が、流石に渋い表情を浮かべた。
「通過儀礼にしては命懸けが過ぎるように思います。魔獣の脅威についてはさんざん兄やダイファンから聞かされておりますが……」
言いたいことはわかる。
ただ、百聞は一見に如かずって言葉もあるくらいだし、ね。
「知っていると体験したことがあるではまるで違うからな。大丈夫だ心配することはない。なにも深層まで行こうというわけでもないのだから」
「確かデミケルの時もそう言ってもう少し奥に行くかあ! ってならなかったか?」
シャラップ兄弟。
それが事実なことを認めるのはやぶさかではないけど、今日は今のところそのつもりはい。
ダイファンの目もあるし、屋敷ではシーズお姉さんがそれこそ目を光らせてるしね。
ただ。
「オライー殿が希望すれば奥に進むことも検討するので、その時は遠慮せずに言ってくれて構わない」
ニッコリと微笑みかけた僕を見て、試験官役のメアリがオライー君の肩をポンッと叩く。
「希望するわけねえだろ頭おかしいのか、って言っていいんだぜ? 多少失礼ぶっこいてもこの兄ちゃん腹立てたりしねえからさ」
「伯爵様相手に流石にそこまでは」
それはそうだろう。
いや、そんなギャップがあるならぜひ早めに見せておいてほしいものだ。
メアリはそんなオライー君の反応につまらなそうに肩をすくめたあと、ニヤリと笑う。
「そうかい。あんたが言いづれえなら俺が言ってやるから遠慮なく言ってくれて構わねえぜ?」
僕の言葉をなぞるようにして言うメアリに、オライー君が微笑みを返す。
「ありがとうございます。お気持ちだけいただいておきます。メアリさん」
頷き合い、ガッチリと握手を交わす若い二人。
はいはい、クーデル。
興奮しないの。
「さて。ダイファン殿。貴殿にとってもお待ちかねの森でのお散歩だ。ぜひ本業に注力してくれ」
「承知いたしました。昨日もジャンジャック殿、オドルスキ殿、さらにはガブリエ殿と手合わせをして心身ともに充実しておりますので、問題はございません」
我が家のトップ3と殴り合ったというのに心身ともに充実とかどうなってるんだ。
ゲルマニス公爵の護衛を任されているのは伊達じゃないということか。
「つやつやしてまあ。昨日は職場を放棄する形になったはずだが、シーズ殿に叱られはしなかったか?」
心から心配しているわけではもちろんなく、多分に皮肉を込めてそう言うが、このクラスにはもちろんそんなものは通用しない。
「叱られるなどとんでもない。ゲルマニス公爵家の方々は私がそういう生き物だと理解してくださっていますので」
胸を張るダイファンと、それを見て天を仰ぐオライー君。
苦労してるね。
「それは諦めというのでは? まあいい。では、オライー殿の我が家の家来衆としての適性を測るため、これより森に入る。皆、最優先はオライー殿の護衛だということを忘れないように」
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