第641話 マイペース
僕が弟さんの紹介を促すと、ダイファンが馬車の扉を開ける。
先に降りてきたのは僕と同じか、もう少し上に見えるメイドさん。
こちらに綺麗な礼をしたうえで、馬車の中に呼びかけた。
「さ、オライー様。こちらに」
呼びかけに応じて出てきたのは、抜けるように真っ白な肌をした金髪の、少年。
「……オライー・ゲルマニスと申します。ヘッセリンク伯爵様には、兄がお世話になっているとか。この度は厚かましくも押し掛けたことをどうかご容赦ください」
誑惑公ラウル・ゲルマニス。
貴族の中の貴族と呼ばれる家の当代当主にして、息をするように人を誑し込む天性のマンイーター。
その立ち居振る舞いは威風堂々という言葉がぴったりで、常に余裕ある笑みを浮かべ、自信に満ち溢れたイケてるおじ様だ。
その弟さんなので多かれ少なかれ似たタイプなのかな? なんて思ってたところに真逆も真逆の可愛い系の少年がやってきたんだからもうびっくりさ。
驚きでほんの一瞬反応が遅れたものの、それを取り繕うようにお義父さん仕込みのご挨拶を行う。
「お初にお目にかかる。私はレックス・ヘッセリンク。国王陛下より、このオーレナングの守りを任され、恐れ多くも護国卿を名乗ることを許されております。以後、お見知り置きを」
ニコリともせず軽く頭を下げるオライー君。
ダウナー系なのかただ無愛想なだけなのか、はたまた緊張して笑う余裕もないのか。
おいおいわかることなので今は置いておくとして、聞くべきことを聞いておこう。
「こちらの都合でお呼びたてしておいて調べもしていないのかと言われそうだが……、お若いのだな。失礼だが、おいくつかな?」
「先日十八になりました」
ザロッタより上、メアリより下か。
ちょうど若干空いていた層ではある。
「ダイファン殿。ゲルマニス公は少なくとも四十は越えていらっしゃったように記憶しているのだが、気のせいだったか?」
「いいえ。間違いございません」
僕の問いかけに、ダイファンが頷く。
となると、歳の差二十いくつの兄弟か。
……まあ、歳の離れたご兄弟も探せばいるよね。
OK、問題ない。
「では、立ち話もなんなので中にどうぞ」
さくさく行こうということで早速屋敷を示した僕を、オライー君とメイドさんが妙なものを見るような目で見つめてくる。
「どうかされたかな?」
そんな目で見られるのは慣れてますけど?
「いえ。あっさりされているのだなと。私の存在を知っている方は、皆さん眉を顰めることが多いので」
ゲルマニス公と兄弟だと言われればなるほどと納得できるくらいには似ている顔を微かに歪めるオライー君。
「眉を顰める? ああ、なるほど。ゲルマニス公に似ていらっしゃるから、あの方にやり込められた層は苦手意識があるのかもしれませんね」
他のおじさま方みたいに常に臨戦態勢って感じではないけど、ゲルマニス公も敵対するなら容赦しないタイプだろうし。
普段の態度で勘違いしたどこかの貴族が痛い目に合わされるなんてありそうなことだ。
「そういう問題でもないのですが」
違ったらしい。
「とりあえず茶でも飲みながら話をしましょうか。二人も同席してもらうぞ。いきなり狂人ヘッセリンクと一対一は緊張されるだろうからな」
ダイファンとメイドさんに笑いかけると、二人が揃って頭を下げる。
「お心遣い感謝いたします」
応接に場所を移し、メイドモードのクーデルにお茶を淹れてもらう。
本業のアリスとイリナでない理由は、ダイファンへの警戒だ。
隣室にはガブリエも待機してもらい、何かあっても最低限対応できる布陣を敷いた。
「では、改めて。オーレナングへようこそ、オライー殿。この度は私の呼びかけに応じていただき心より感謝申し上げる。正直に言えば、ゲルマニス公をはじめとする仲良くしていただいている皆さんに送った文は半分冗談だったのだが、ゲルマニス公は貴殿を送ることを決め、貴殿もまたここまでやってきた」
「ご心配なく。私は自らの意思でゲルマニス公爵家を離れることを決意いたしました。兄に言われてやむを得ず、などということはございません」
僕の言いたいことがわかったらしく、最後まで聞くことなくオライー君が答える。
その瞳は揺らぐことなくまっすぐにこちらを見据えていた。
嘘はないように思うけど、さて。
「ダイファン殿?」
「オライー様のお言葉に嘘はございません」
殺人剣の使い手が太鼓判を押す。
このおじさま、人が嘘ついてるかどうかわかるらしいからね。
そのダイファンが保証するんだから自分の意思でオーレナングに来たのは本当なんだろう。
「そうか、なるほど。さてはオライー殿。相当な変わり者だな?」
「……は?」
何を言われたかわからなかったのか、それまでほとんど変わらなかったオライー君の表情と声音が初めて崩れた。
あら、可愛い顔できるじゃない。
「大小事情はあるのだろうが、ゲルマニス公の弟君という立場を手放してまでオーレナングに来ることを自ら望んだことを評価する。合格だ。いや、正式には我が家の筆頭文官や同僚達も交えて面談させてもらうが、変わり者であるという第一関門は突破したと言っていい」
「あの」
「話は早い方がいいだろう。メアリ。ハメスロット、エリクス、デミケルを招集」
「御意」
さくさく、そしてガンガン行こう。
メアリも心得たもので、一切疑問を挟まず軽やかに部屋を出ていき、微笑みながらそんな夫を見送ったクーデルが、音もなく護衛の位置に移動した。
そんななか、オライー君が戸惑うように後ろに立つダイファンに視線を送るが、凄腕護衛さんはゆっくりと首を横に振る。
「そんな目で見られても困ります。ここは既に狂人殿の本拠地。流れに身を任せるしかありますまい」
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