第642話 仲良しの秘密
「伯爵様。面談はオライー殿が落ち着かれた頃合いを見計らってと仰っていたでしょう」
筆頭文官ハメスロットが、部屋に入ってくるなりそう苦言を呈してきた。
後に続く若手二人は、全く遠慮せず速攻で僕に噛みついた師匠を見てともに苦笑いだ。
「もちろんそのつもりだったんだが、オライー殿がなかなかの変わり者だということが判明したのでな。善は急げというやつさ」
僕の答えを聞いたハメスロットはやれやれとばかりに首を振る。
「いらっしゃったばかりの、それも他家当主様の弟君を捕まえて変わり者呼ばわりはいかがなものかと思いますが……やむを得ませんな」
どうせ言うこと聞かないだろう? と言わんばかりに一つため息をつくと、切り替えたようにテキパキと指示を出し始めた。
「エリクスさん。ジャンジャック殿とオドルスキ殿に食堂あたりで待機するよう伝えてきてもらえますか? デミケルさんは会場の準備を」
ジャンジャックとオドルスキ?
「ハメスロットよ。その二人を待機させる必要がどこにある」
「エリクスさん。伯爵様に理由を説明して差し上げてください」
師匠からの突然の投げかけにも関わらず、指名されたエリクスがまったく躊躇うことなく回答を口にする。
「伯爵様の興が乗ってそのまま森になだれ込む流れになる可能性が高いため、最高戦力たるお二人に待機を依頼する必要がある。このあたりでいかがでしょうか、お師匠様」
「満点です。さ、行きなさい」
弟子の答えを聞いて満足そうに頷くハメスロットと、満点を獲得したことにほっと胸を撫で下ろして部屋を出ていくエリクス。
デミケルに至っては答えを聞くまでもないとばかりにすでに会場設営に着手していた。
「今回はダイファン殿の目もあるんだ。ちゃんと面談だけで済ませるぞ?」
そんな抗議に対して、ハメスロットは生温かい目でこちらを見てくるだけで何も言わないが、その目は、絶対タダじゃ終わらないよね? と言っているようだった。
【瞳に映る篤い信頼】
あれは疑いの眼差しって言うんだと思います。
「仲がよろしいのですね。驚きました」
へい、オライーBOY。
今のやり取りを見た感想としてそれは本当に適当かな?
ハメスロットも今の発言に思うところがあったようで、オライー君の前に進み出た。
「オライー・ゲルマニス殿ですね? 初めてお目にかかります。ヘッセリンク伯爵家にて内の仕事を任されております、ハメスロットと申します」
内の仕事を任されていると聞いた瞬間、オライー君の背筋が伸びる。
仕官が決まればハメスロットは直属の上司になるわけだから正しいリアクションだ。
「オライー・ゲルマニスです。この度はお世話になります」
ゲルマニス公爵家の一員らしい美しい礼。
その動きに一瞬だけ目を丸くしたハメスロットだったけど、それ以上は反応せず淡々と話を続ける。
「どうぞよろしく。さて、我々と伯爵様が仲がよろしいというお言葉でしたね。ご存知かもしれませんが、伯爵様は無理無茶無謀無軌道無計画を絵に描いたような方です」
【よっ! 無の五冠王!】
ようし、無鉄砲も含めて六冠目指しちゃうぞお!
じゃなくて。
なに?
急に刺してくるじゃない。
「そこまでとは存じ上げませんでした」
だろうね。
知られてたら、総力を挙げてその噂を流した犯人を探し出すところだ。
「では、我が家に仕官されるかどうかは関係なく、胸に刻み込んでおいていただいたほうがよろしいでしょう」
「ハメスロット。それは僕達が仲良しであるという説明の導入で間違いないか?」
不安過ぎて聞いちゃいました。
『勘違いするな! 仲がいいわけないだろう若造めが!』とか言わないよね?
「もちろんでございます。無理無茶無謀無軌道無計画。それだけ聞けばどれほど困った人物かと思われるでしょう。さらに、ヘッセリンク伯爵家当主として狂人の名も背負っていらっしゃる」
「身がすくむ思いです」
ここまでポジティブインフォメーションが全くないんだから、それは身の一つもすくむってもんだ。
しかし、どうやらここからが本番だったらしく、ハメスロットによる怒涛のレックス・ヘッセリンクアゲが始まった。
「それが正常な反応ですよ。ただ、実際の伯爵様はおおらかかつ優しさと愛に溢れた、噂とはまったく真逆の方です」
「無理無茶無謀無軌道無計画なのに、おおらかで優しく愛に溢れている? そんな矛盾が……。いや、矛盾する点は、ない、のですね」
僕もおかしくないかと思ったけど、確かに無理無茶無謀無軌道無計画なことと、おおらかで優しくて愛に溢れていることの間に相関関係はないような気がしますね。
【なお、人物像はブレにブレる様子】
やむなし。
「そう。家来衆としてないない尽くしの面には激しく振り回され、定期的に頭を抱えることになるでしょう。しかし、他方では私達を家族と呼んでくださり、一人一人を守る為に労を惜しまず立ち回ってくださる。それがたとえ国を向こうに回す結果になろうとも。そんな貴族様は、レプミア、いえ、世界広しといえどもレックス・ヘッセリンクをおいて他にはいない。だからこそ我々はそんな伯爵様を慕って家来衆であることに命を懸け、伯爵様も家族として接してくださる。その関係性が、主従を超えた仲の良さを感じさせたのでしょう」
ちょっと退室していいかな?
うん、ちょっと目から汗がね?
は?
な、泣いてねえし!
「ありがとうございます。勉強になりました」
「どういたしまして。では、今お伝えしたことも踏まえて、面接と参りましょう。伯爵様、よろしいですね?」
OKOK。
面談が始まれば、僕は基本的に聞いておくだけのつもりだから。
「万事お前達に任せる。正式に仕官となれば長い時間を共に過ごすのだから、お互い後悔のないよう質疑を行ってくれ」
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