第640話 到着
国内に散って情報収集に当たってくれている家来衆達から、ゲルマニス公爵家の馬車が西に向けて出発したという情報がもたらされたのは、弟さんを向かわせるよという手紙が届いた三日後だった。
流石はレプミア貴族の最上位に君臨し続けるゲルマニス公爵様。
動きが早い。
こちらが弟さんについて十分な情報収集をする暇も与えない速攻ぶりだ。
そんなわけで、当初想像していたより遥かに早く羽の生えた虎がでかでかと彫られた主張の激し過ぎる馬車が我が家に到着することになった。
僕と執事服を着込んだメアリが馬車に近づくと、見知った顔が降りて来る。
「お? ダイファンのおっちゃんじゃん。久しぶりだな。エスパールのおっさんを森に招待した時以来じゃね?」
ゲルマニス公爵の護衛を任されている壮年男性、ダイファン。
敵の命を奪うことに特化しているらしい古流剣術の使い手なんていう怖いおじさんだ。
「メアリ。久しいな」
馬車を降りたダイファンが僕に頭を下げたあと、メアリに右手を差し出す。
弟分がその手をがっちりと握ると、そういえばと言ってニヤリと笑う。
「聞いたぞ? 結婚して子も生まれたらしいではないか」
これには思わずといったようにメアリが眉間に皺を寄せる。
「なんであんたがそんなこと知ってるんだよ……」
なんでだろうね。
実に不思議だ。
「伯爵様からの文にそう書いてあったからな」
すぐバラすじゃないですかやだー。
ほら、可愛い弟分がすごい顔で睨んでくる。
「兄貴よお。それ、書く必要あったか?」
はっはっは、やめなさいメアリ。
お客様の前で襟首を掴んで激しく揺さぶるんじゃない。
「必要はなかったが、僕がお前達を可愛がっていることをゲルマニス公はご存じだからな。一筆添えたら何か祝いの品でも届くかと」
【悪ふざけパート2】
僕の言葉を聞いたメアリが、信じらんねえと呟いてダイファンに視線を向ける。
「伯爵様の悪ふざけがつぼに入ったらしく、主はしばらく腹を抱えて笑っておりました。人だけでなく家来衆への結婚祝いもねだるのかと」
先日いただいた手紙には何も触れられてなかったから流されたのかと思ったんだけど、笑ってもらえたなら幸いです。
「メアリと奥方の趣味がわからないからと喜ばれそうなものを適当に見繕ったらしい。伯爵様への品もございますのでのちほどご確認ください」
さすがは誑惑公殿。
意図を正確に読み取って笑ってくれただけで終わらず、本当に贈り物を用意してくれるなんて。
今度魔獣の肉を送っておこう。
「よかったなメアリ。ゲルマニス公からの結婚祝いなんて、貴族でもなかなかいただけないぞ?」
「貴族の中の貴族なんて呼ばれてる厳つい有名人からの祝いの品なんてどこにしまっとけばいいんだよ……」
そんなのしまいこまずに使えばいいんだよ。
そのほうが贈った方も喜ぶはずだから。
贈られてきたのが竜種の首とかだった場合は、その時相談すればいい。
「気にするなメアリよ。我が主はあれで人に贈り物をするのが好きだからな。私の妻や子の誕生日には欠かさず何かしらくださる」
素敵な上司だこと。
我が家みたいに人数の少ない家なら家来衆の家族の誕生日まで覚えていられるだろうけど、ゲルマニス公爵家なんて相当人がいるはずなのに。
これが誑惑公なんて呼ばれる所以か。
そう感心していると、メアリは別の部分が引っ掛かったらしい。
「……古流剣術なんてやべえもんの使い手のくせに結婚してんの?」
おい、ノンデリカシーか。
僕の視線で言いたいことがわかったのか、慌てたようにブンブン手を振るメアリ。
「いや、違う違う。そういう意味じゃなくて。こう、道を極めるためには家族など不要! とかそんな主義かと勝手に思ってたからなんか意外だなって」
「はっはっは! 私に妻と子がいることを聞いた相手は漏らさずその反応になる。まあ、お前の言葉を借りるならそのやべえもんを極めようとすればするほど、心癒される空間というのは必要なのだ」
お前も何かを極めたいと望むなら家族は大切にした方がいい、と締めくくるダイファン。
かっこいいね。
家族愛を胸に殺人剣を極めんとする男。
んー、なにかの主人公かな?
「参考にさせてもらうよ」
メアリも笑ってはいるけど、何かしら響くものがあったのか、ダイファンの言葉に深く頷いた。
「しかし、大胆なほど少人数でやってきたものだな。人手不足の我が家としては大変ありがたいが」
「ゲルマニスに人手を求めるほどです。こちらが深刻な人手不足にあることは主も理解しておりますので、オライー様と私の他に、念のためにメイドが一名の計三名でやって参りました」
少数精鋭過ぎる。
弟さんに何かあったら責任問題だよ?
あと、貴方がこっちに来てる間にゲルマニス公になにかあってもまずいのではないだろうか。
少しくらい人が増えても対応できたよ?
なんせうちのメイドさん達は一騎当千だからね!
「護衛を増やしてダイファン殿はゲルマニス公のもとに留まる手もあったのでは?」
今更だとわかっていながらもそう伝えると、ダイファンが真剣な顔で首を横に振った。
「こちらに来れば家来衆方との手合わせや森への侵入許可をいただける可能性がありましたので。張り切って部下達を蹴散らして参りました」
蹴散らしたんだ。
どうしようかとメアリを見ると、なんだかワクワクした顔をしている。
手合わせしたいのね、OK。
「森についてはなんとも言えないが、家来衆との手合わせは好きにしてくれ。少数で来てくれたことで、無駄に目立つことが避けられたことは間違いないからな」
僕の回答を聞いたメアリがよし! とばかりに拳を握った。
うん、せっかくだから全員総当たりでぶつけてみよう。
「目立つことを避ける言っても、私がゲルマニス領を離れ、オーレナングを目指していることはある程度の家なら把握しているでしょう。追って何かしらの反応がある可能性は排除できますまい」
「その時にはゲルマニス公の凄腕護衛殿が休暇で森に遊びにきたとでも回答しておくから安心してくれ」
僕の軽い言葉を聞いてダイファンは笑い、メアリは苦い顔で首を振る。
「宰相やらトミーの兄ちゃんやらがまた胃痛と頭痛に悩まされそうだなそれ」
……なにか言われる前に王城にだけは手紙送っておくか。
無駄なリスクは背負いたくないし。
【賢明なご判断かと】
「さて、話はここまでにしよう。では、早速紹介してくれるかな? ああ、今日の段階ではまだお客様だ。ゲルマニス公爵殿の弟様として対応することを約束する」
「なぜそのような前置きを?」
いきなり森に連れていったり、模擬戦に放り込んだしないから安心してねってことさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます