第637話 集え、仕官希望者!

『ヘッセリンク伯爵家で働きたいけど少し怖いなあ。そんな風に躊躇っている諸君に告ぐ! オーレナングの真実を、体験してみないか?』


 エイミーちゃんの何気ない呟きから拾った、仕官希望者をオーレナングに連こ……招待して職場見学をしてもらおうというアイデア。

 本人達が望んでもいないのに秘密のベールに覆われまくっている我が家が、自ら正体をあらわしていくスタイルというのは好感度アップ効果が高いんじゃないだろうか。

 ただ、何事もトップダウンはよろしくないということで、夕食後にメアリを捕まえて意見を求めてみる。

 仕官希望者向けオーレナング見学ツアーの開催案を聞いた弟分の反応はこうだ。

 

「無理じゃね? 我が家に仕えたければオーレナングまで来てみるがいい!! ってことだろ?」


 なんで魔王様風なんだ。

 

「ヘッセリンク伯爵家に興味はあるものの、オーレナングに対しての恐怖感で二の足を踏んでいる人材に訴えかけようという考えなのだが」


 イベントの趣旨を伝えても、メアリは納得していないように眉間に皺を寄せて首を横に振る。


「うちに興味がある人間がいるって前提がもう間違ってる気がするけど」

 

「そうか? 最近でいえば少なくともデミケルは我が家に興味を持っていたし、エリクスに至っては迸る情熱とともに自らオーレナングにやってきただろう」


 ザロッタとリセも含めてうちの若手は高いモチベーションとともにオーレナングにやってきたんじゃなかったっけ?

 

「言っちゃなんだけど、あいつらが特殊な例だってこと、忘れちゃいけねえと思うわ」

 

 うん、知ってた。

 ただ、我が家の真実を知ってくれさえすれば、きっとオーレナングと我が家を好きになってくれる人材もいる。

 そう思わないか? 兄弟。


「まあ、ここに連れてきてしまえばこっちのものだ」


「どう考えても悪者の台詞だろ、それ」


 ぐははっ!

 集いし者共よ、給与他諸々の待遇は期待しておくがいいわ!!


【ま、お、う! ま、お、う!】


 ノリノリでコールするのはやめなさい。

 自分でやっておいてなんだけど、狂った魔王なんて討伐対象でしかないんだから。


「そうは言うがな? 優しく親切な先輩家来衆に美味い食事、清掃が行き届いた屋敷。惜しむらくは娯楽が少ない点だが、それを補って余りある就労環境が揃っていると思うんだ」


 あと、使う場所がないのでお金も貯まるよ?

 

「いや、俺みたいに長くここにいりゃ居心地の良さは理解できるけどさ。狂人なんて呼ばれてるやべえ雇い主や生きる伝説なんて言われてる鏖殺将軍がいて、屋敷を少し離れりゃ命の危険満載の森がある場所なんだよなあ」


 僕のポジティブを、きっちりネガティブで潰しにくるメアリ。

 ネガティブ要素に僕自身が組み込まれていることに若干の悲しさを感じざるを得ないが、そこはもちろん織り込み済みです。


「そう、まさにそれが我が家の噂しか知らない層の評価だ。だからこそ自らの目でオーレナングやヘッセリンク伯爵家の実態を確認してもらい、意外とよそと変わらないことを実感してもらおうという趣向さ」


 集え全国の仕官希望者達よ!

 いや、この際外国からでもやる気があるなら来てもらって構わない。

 バリューカは地理的に、ジャルティクは関係性的に難しいかもしれないけど、ブルヘージュなら手紙を撒くくらい許されるんじゃないだろうか。

 

【流石にダメだと思います。やるなら秘密裏にコッソリと】


 OKOK。

 ラヴァあたりに東に潜るようお願いしてみようかな。

 貴族の皆さんに直接お願いできなくてもダンテ神父ならブルヘージュでくすぶってる人材を紹介してくれるかもしれないし。

 頭の中で外国まで触手を伸ばすことを考えていると、メアリが深々とため息をついた。


「兄貴がやりてえってんなら誰も反対はしねえんだろうけど。今度は常識人を篩にかけて本格的に粒揃いの変人探しかよ。流石はレックス・ヘッセリンクだわ」


 粒揃いの変人探し。

 おかしい。

 そんな話はしていなかったはずだ。

 たまに言ってることが正しく家来衆に伝わってないと不安になることがあるんだけど、まさか……、僕訛ってたりする?


【問題はそこじゃありませんね】


「心外だって顔してるけど、絶対そうなるからな? オーレナングまで来てでもヘッセリンク伯爵家に仕官したいって言うんだからさ」


 訛りを心配している僕の反応を不服を表明していると読んだらしいメアリが、そんな風に変人が集合する未来がやってくることを断定する。


「そうすると、嬉々として我が家の家来衆でいるお前も変わり者ということになるぞ?」


 ヘッセリンクの中では常識人寄りであることを自認しているらしいメアリにそう投げかけると、皮肉げに鼻で笑ってみせた。


「ははっ! 前後左右どこから誰が見ても立派な変わりもんだろうよ」


 常識人である自認は僕が知らないうちにどこかに捨ててきたらしい。

 

「自覚があるのは素敵なことだ。エイミーにも伝えたが、しっかり仕事をこなしてくれるなら多少変人でもいいさ」


「全面的に同意するよ。ま、そこは兄貴の引きの強さに期待させてもらうわ」

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